帰国する社員の年金は、どうなるのか
浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
帰国する外国人社員は、要件を満たせば脱退一時金を請求できます(厚生年金保険法附則第29条)。ただし出国後2年以内の期限があり、受け取るとその期間は被保険者でなかったものとみなされます。社会保障協定で加入期間を通算できる国では、請求しないほうがよい場合があります。
結論(先に要点):帰国する外国人社員は、一定の要件のもとで脱退一時金を請求できます(厚生年金保険法附則第29条)。ただし出国後2年以内という期限があり、受け取るとその期間は被保険者でなかったものとみなされます。社会保障協定で加入期間を通算できる国の出身者は、請求すると通算の対象から外れるため、請求しないほうがよい場合があります。
このページは、外国人社員が帰国することになった会社の総務担当の方、そしてご本人に向けたものです。日本から社員を送り出す話は海外出張と海外派遣は、労災でまったく違うで書きました。本記事はその逆方向——日本から帰すときの年金の話です。
払った保険料は、返ってくるのか?
一部が、脱退一時金という形で返ってくる場合があります。 厚生年金保険法附則第29条は、次の要件を満たす方に脱退一時金の請求を認めています。
| 主な要件(厚生年金保険の場合) | 内容 |
|---|---|
| 被保険者期間 | 6か月以上あること |
| 国籍 | 日本国籍を有しないこと |
| 住所 | 日本国内に住所を有しないこと(=出国後に請求) |
| 期限 | 最後に被保険者資格を喪失した日(出国日等)から2年を経過していないこと |
| 受給歴 | 障害厚生年金などの受給権を有したことがないこと |
額は被保険者期間に応じて計算され、計算の基礎となる月数には**上限60月(5年分)**があります(最終月が令和3年4月以降の場合。日本年金機構の公表資料による)。国民年金の第1号被保険者期間についても、国民年金法附則第9条の3の2に同様の仕組みがあります。
請求すると、損になることがあるのはなぜか?
条文に理由が書いてあります。厚生年金保険法附則第29条第5項——脱退一時金の支給を受けると、その計算の基礎となった期間は「被保険者でなかったものとみなす」。
ここで社会保障協定が効いてきます。協定の中には、日本と相手国の加入期間を通算して、それぞれの国の年金の受給資格につなげられるものがあります。通算できる国の出身者が脱退一時金を受け取ると、その期間が消え、通算の土台がなくなります。将来その国で年金の受給資格を組み立てるつもりなら、請求しないほうが有利な場合があるのです。
一方、日中社会保障協定は二重加入の防止のみで、加入期間の通算はできません。つまり同じ「帰国」でも、国によって最適な選択が変わります。協定の有無と内容(通算できるか)を、日本年金機構の国別ページで必ず確認してください。どちらが得かは本人の年齢・加入歴・帰国後の予定で変わるため、本記事では断定しません。
会社は、何を出せばいいのか?
会社側の手続は、通常の退職と同じ枠組みです。
- 社会保険の資格喪失届、雇用保険の資格喪失届(=外国人雇用状況の届出を兼ねます)
- 脱退一時金の請求は本人が行うものですが、会社が在職期間・標準報酬の記録を整えておくと、本人の手続が速くなります
- 帰国前に、**年金手帳・基礎年金番号の控え、請求書の様式(日本年金機構が多言語で公表)**を本人に案内しておくのが実務です
いつまでに動けばいいのか?
期限は出国後2年です。ただし判断(請求するか・しないか)は帰国前に済ませておくべきです。帰国後に海外から情報を集めて判断するのは、本人にとって負担が大きいからです。退職が決まった時点で、①出身国と日本の協定の有無・通算の可否を確認、②請求する場合の段取りを案内、③会社側の喪失手続——の順で動きます。
四葉社会保険労務士事務所は、何ができますか?
文京区小日向の四葉社会保険労務士事務所は、帰国に伴う資格喪失の手続、外国人雇用状況の届出、本人への脱退一時金の制度案内(判断材料の整理)をお受けします。ご相談は無料です。 料金は報酬額表に、外国人雇用の全体の流れは外国人を1人雇うと、窓口はいくつ必要かにまとめています。会社をたたむことに伴う手続の全体は会社をたたむとき、社会保険と労働保険はどうするかをご覧ください。
誰に相談するか
脱退一時金からは所得税(源泉徴収と還付)の論点も生じますが、税務は税理士の業務です。在留資格に関する手続は四葉行政書士事務所(当事務所とは別の事業体で、別々にご契約いただきます)、紛争性のある事案は弁護士の業務です。いずれも紹介料の授受はありません。
よくある質問
Q. 帰国する社員全員に、脱退一時金を勧めるべきですか?
A. 一律には勧められません。社会保障協定で加入期間を通算できる国の出身者は、受け取るとその期間が通算から外れます(厚生年金保険法附則第29条第5項)。国と本人の状況で最適解が変わるため、会社としては「制度と期限の案内」にとどめ、判断は本人に委ねるのが適切です。
Q. 期限の「2年」は、いつから数えますか?
A. 条文上は、最後に国民年金の被保険者資格を喪失した日(喪失日に日本国内に住所があった場合は、その後はじめて住所を有しなくなった日)から起算して2年です(厚生年金保険法附則第29条第1項第3号)。実務的には「出国後2年以内」と案内されています。
Q. 6か月未満で帰国する場合はどうなりますか?
A. 厚生年金保険の脱退一時金は被保険者期間6か月以上が要件のため、請求できません。社会保障協定で通算できる国であれば、短い期間でも将来の通算に活きる場合があります。国別の確認が必要です。
Q. 中国籍の社員が帰国します。通算はできますか?
A. 日中社会保障協定は保険料の二重負担の防止を目的とするもので、加入期間の通算の仕組みはありません(日本年金機構の公表資料による)。この場合、脱退一時金の請求が現実的な選択肢になりやすいですが、期限(出国後2年)と手続の段取りを帰国前に確認してください。
この記事の根拠
- 厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)附則第29条(脱退一時金。第1項=要件と2年の期限、第3項・第4項=額の計算、第5項=被保険者でなかったものとみなす) ―― 2026年8月14日にe-Gov法令検索で現行条文を確認
- 国民年金法(昭和34年法律第141号)附則第9条の3の2(国民年金の脱退一時金) ―― 同日にe-Gov法令検索で存在を確認
- 支給額計算の月数の上限60月(最終月が令和3年4月以降の場合) ―― 日本年金機構「脱退一時金の制度」(2026年8月14日参照)
- 日中社会保障協定に通算の仕組みがないこと ―― 日本年金機構「協定相手国別の情報(中国)」(2026年8月14日参照)
本記事は一般的な情報提供です。請求の可否・有利不利の判断は個別の事情によります。個別のご事情に応じた判断は、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
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