海外出張と海外派遣は、労災でまったく違う
浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
労災保険は属地主義です。海外出張なら国内の事業場の労災保険から給付されますが、海外派遣には適用がなく、特別加入の手続をしていなければ給付を受けられません。分かれ目は滞在期間ではなく指揮命令の所在です。日中社会保障協定の適用証明書についても整理します。
結論(先に要点):労災保険は属地主義です。海外出張なら国内の事業場の労災保険から給付されますが、海外派遣には適用がなく、特別加入の手続をしていなければ給付を受けられません。分かれ目は滞在期間の長さではなく、指揮命令がどこにあるかです。
中国やアジアに社員を出している会社から、いちばん多くいただくご質問です。「3か月なら出張、1年なら派遣ですよね」と言われることがありますが、期間では決まりません。ここを取り違えたまま送り出すと、現地で事故が起きたときに、どの制度からも給付が出ない状態になります。
出張と派遣は、どこで分かれるのか?
厚生労働省は、次のように説明しています。
海外「出張」に当たるか海外「派遣」に当たるのかは、海外における勤務期間の長短によって判断されるのではなく、その労働者の海外における労働関係によって判断されます。したがって、例え海外での勤務が長期にわたる場合でも、国内の事業場の指揮命令に従って業務に従事している場合には海外出張となりますし、海外の事業場に所属して、その事業場の指揮命令に従って業務を行う場合などは、海外派遣とみなされることになります。
(厚生労働省 労働基準情報FAQ「海外出張先で事故に遭った場合、労災保険の適用はどうなるのでしょうか。」)
つまり、どこの指揮を受けて働いているかです。厚生労働省「特別加入制度のしおり(海外派遣者用)」が挙げる例示を並べると、輪郭がはっきりします。
| 例 | |
|---|---|
| 海外出張(国内の労災保険が及ぶ) | 商談/技術打合せ/市場調査・会議・視察/アフターサービス/突発的なトラブルへの対処/技術習得 |
| 海外派遣(特別加入が必要) | 海外の関連会社への出向/海外支店・営業所への転勤/海外での据付工事・建設工事への従事 |
現地法人に出向させた時点で、期間にかかわらず海外派遣です。 逆に、日本の本社の指示で動き、日本の上長に報告し、日本の就業規則が適用されている状態であれば、1年でも出張として整理できる余地があります。
書類の上でどちらに見えるかではなく、実際にどちらの指揮を受けているかで判断されます。この構造は、外注と雇用の境目は、契約書では決まらないで書いた労働者性の判断と同じ考え方です。
現地でけがをしたら、どちらの制度が使えるのか?
海外出張であれば、国内の事業場の労災保険から給付されます。特別な手続は要りません。
海外派遣の場合は、特別加入の手続をしていなければ給付を受けられません(労働者災害補償保険法第33条第7号、第36条第1項)。厚生労働省のしおりも「海外派遣者に関して特別加入の手続を行っていなければ、労災保険による給付を受けられません」と明記しています。
注意点が3つあります。
1つめ。加入できる立場に制限があります。 労災保険法第33条第7号は、派遣先の海外の事業が特定事業に該当しないときは、その事業に使用される労働者として派遣する者に限るとしています。特定事業かどうかは規模で決まり、規模の判断は「海外の各国ごとに、かつ、企業を単位として」行われます。派遣先が大規模な場合、事業主等の立場で行く人は加入できません。
2つめ。現地採用の方は加入できません。 国内の事業からの派遣ではないためです。単に留学を目的とした派遣も対象外です。
3つめ。事後の加入はできません。 特別加入は申請と政府の承認による制度なので、出発前に手続を終えている必要があります。事故が起きてから遡って入ることはできません。
なお、社長ご自身が海外に出る場合、国内での特別加入とは別の枠になります。国内の特別加入の要件は社長には労災が出ない。そして1人だと特別加入もできないにまとめました。
現地の社会保険には、入るのか?
労災とは別の話になります。整理すると次のとおりです。
| 制度 | 海外に出ている間の扱い |
|---|---|
| 健康保険 | 適用事業所に使用される限り継続(国内に住所がなくても加入) |
| 厚生年金保険 | 同上 |
| 介護保険(第2号) | 国内に住所がなくなれば適用除外(適用除外等該当届が必要) |
| 労災保険 | 出張は国内の保険が及ぶ。派遣は特別加入 |
日本年金機構は「健康保険および厚生年金保険は、適用事業所に勤務する限り、国内における住所の有無を問わず加入します」「一方、介護保険は、国内に住所がある方のみ加入します」としています。海外転出届を出す場合、介護保険適用除外等該当届を忘れないでください。
中国に出す場合——日中社会保障協定
中国では、日本の企業から派遣された方も現地の社会保険の対象になりますが、社会保障に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定(令和元年条約第1号。2019年9月1日発効)により、二重加入を避けるしくみがあります。
この協定には、実務で誤解されやすい点がいくつもあります。
| 論点 | 正しい内容 |
|---|---|
| 免除の対象 | 中国の被用者基本老齢保険のみ。医療保険・失業保険・労災保険・生育保険は対象外 |
| 日本側の対象制度 | 国民年金(基金を除く)・厚生年金保険(基金を除く)。健康保険は対象外 |
| 期間の要件 | 見込みは不要。派遣の最初の5年間は日本の法令のみが適用される(協定第6条1) |
| 年金加入期間の通算 | できない。日中協定は二重加入の防止のみ |
| 香港・マカオ | 対象外 |
| 自営業者 | 対象外 |
★「5年以内の見込みで派遣される場合」という説明は、日中協定には当てはまりません。 日本年金機構の中国向けページは「派遣期間の長さの『見込み』は必要なく、派遣開始日から5年間は派遣元国の年金制度のみに加入することとなります」としています。実際、申請書の記入方法にも、派遣予定期間が5年を超える場合は終了予定年月日欄に「派遣開始予定年月日から5年が満了する年月日」を書くよう指示があります。5年を超える見込みでも、最初の5年について適用証明書が交付されます。
米国やドイツとの協定は「5年以内の見込み」型で、日本年金機構の一般ページもその書き方をしています。中国はその例外側です。 一般ページだけを読むと取り違えます。
適用証明書をどう扱うか
免除を受けるには、日本年金機構から適用証明書の交付を受ける必要があります(協定第13条)。厚生労働省の広報誌も「中国の年金制度への加入が免除されるためにはあらかじめ日本年金機構などから『適用証明書』の交付を受ける必要があります」としています。申請は就労開始予定のおおむね6か月前から可能です。
そして中国には、他の協定国と違う取扱いがあります。 日本年金機構は次のように求めています。
日本年金機構から交付された適用証明書については、中国に派遣後速やかに、派遣先の中国の事業所を通じ、その派遣先事業所を所管する社会保険料徴収機関に原本を提出してください。(中略)中国の法令に従って、中国制度の適用免除の手続を行ってください。
一般の協定国では「相手国当局から求められたときに提示または提出」で足りるのに対し、中国では派遣後速やかに能動的に原本を提出することが求められ、さらに中国の法令に基づく免除手続が別途必要とされています。
ここは断定を避けます。 「原本を提出して初めて免除の効力が生じる」と書いてある日本側の一次資料は、当方では確認できませんでした(未検証)。中国側での効力の要件は中国の法令が定める事項で、日本の公表資料の範囲外です。確実に言えるのは、日本年金機構が原本の提出と中国法令に基づく手続の両方を求めている、ということです。 発給を受けただけで終わりにしないでください。
5年を超えて派遣が続く場合は、延長申請により両国の関係機関が個別に判断・合意すれば、引き続き日本の制度のみに加入できます(協定第6条2)。延長は原則5年を超えない期間ですが、特段の事情があれば合計10年を超える場合も認められる余地があります。延長が認められなかった場合には、厚生年金保険の特例加入制度(任意加入)という受け皿があります。
出す前に、何を確認すればいいのか?
送り出す前に、次の5つを紙に書き出してください。
- 出張か派遣か——誰の指揮を受けて働くのか。現地法人への出向なら派遣です
- 派遣なら、特別加入の申請を出発前に済ませたか——事後の加入はできません
- 健康保険・厚生年金保険を継続するか——適用事業所に使用される限り継続します
- 住民票を海外へ移すか——移すなら介護保険適用除外等該当届
- 中国なら、適用証明書の申請と、着任後の原本提出まで段取りしたか——6か月前から申請できます
2と5は、日程が決まってから動くと間に合わないことがあります。 赴任の内示が出た時点で着手してください。
なお、外国人を日本で受け入れる側の手続は主語が逆になります。在留資格そのものについては在留資格・ビザのご相談、企業として外国人社員を受け入れる際の手続については外国人社員の受け入れをご覧ください。これらは四葉行政書士事務所が扱う業務で、四葉社会保険労務士事務所とは別の事業体です。 ご依頼いただく場合は、それぞれ別々にご契約いただく形になります。当社・当事務所は紹介料の授受を行いません。
よくある質問
Q. 3か月の技術指導で中国に出します。派遣ですか、出張ですか?
A. 現地法人の指揮下に入らず、日本の事業場の指示で動き、日本の上長に報告している形であれば、出張として整理できる余地があります。逆に、現地法人に籍を移して現地の指揮を受けるのであれば、3か月でも派遣です。期間ではなく指揮命令の所在でご確認ください。判断に迷う場合は、指揮系統と就業規則の適用関係を書き出したうえでご相談ください。
Q. 特別加入の保険料は、どのくらいかかりますか?
A. 海外派遣者の特別加入(第三種特別加入保険料)は、申請して承認された給付基礎日額をもとに計算されます。日額をいくらに設定するかで保険料も給付額も変わります。実際の額は加入時に決めますので、事前にご相談ください。費用の考え方は報酬額表をご覧ください。
Q. 適用証明書を出さないと、中国で保険料を取られますか?
A. 中国側での取扱いは中国の法令によるため、当方から断定することはできません。日本年金機構が原本の提出と中国法令に基づく免除手続を求めていることは事実ですので、求められている手続は済ませておくという考え方でお進めいただくのが安全です。
Q. 現地の医療費はどうなりますか?
A. 日中協定の対象は年金だけで、医療保険は含まれていません。健康保険の被保険者資格は継続しますので、海外療養費の制度を使う余地はありますが、現地で全額を立て替えたうえで日本で請求する形になり、支給額も日本国内の基準で計算されます。多くの会社が民間の海外旅行保険や駐在員向け保険を併用しているのは、この差を埋めるためです。保険商品の選択は当方の業務範囲外ですので、保険の専門家にご相談ください。
この記事の根拠
- 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)第33条第6号・第7号、第36条第1項
- 労働者災害補償保険法施行規則(昭和30年労働省令第22号)第46条の16、第46条の25の2
- 厚生労働省 労働基準情報FAQ「海外出張先で事故に遭った場合、労災保険の適用はどうなるのでしょうか。」(出張・派遣の判断が勤務期間の長短によらないこと)
- 厚生労働省「特別加入制度のしおり(海外派遣者用)」(出張・派遣の定義と例示、未加入時に給付を受けられないこと)
- 都道府県労働局の公表資料(規模判断を海外の各国ごと・企業単位で行うこと、現地採用・留学目的の派遣が対象外であること)
- 社会保障に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定(平成30年5月9日署名、令和元年5月17日公布・条約第1号、令和元年9月1日効力発生)第2条1、第6条1・2、第13条、第14条3
- 厚生労働省 年金局長通知(令和元年6月5日 年発0605第1号)——対象制度が年金のみ・対象者が被用者のみであること、派遣された日から最初の5年間であること、延長の取扱い
- 日本年金機構「協定相手国別の注意事項(中国)」——派遣期間の見込みが不要であること、適用証明書原本の提出、延長、香港・マカオ・自営業者の取扱い
- 日本年金機構「海外へ転勤または転職するときの手続き」——健康保険・厚生年金保険の継続加入、介護保険の適用除外
- 適用証明書の原本提出が中国側での免除の効力要件であるかどうかは、日本側の一次資料では確認できませんでした(未検証)。 中国の法令が定める事項であるためです
- 条文はいずれも2026年8月13日時点でe-Gov法令検索により確認した現行条文です
この記事は、誰に相談するかまでは決めていません。 出張か派遣かの整理、特別加入の申請、適用証明書の申請、健康保険・厚生年金保険の継続と介護保険の適用除外の手続は社会保険労務士の業務です。在留資格の申請は四葉行政書士事務所(別の事業体です。別々にご契約いただきます)、海外赴任に伴う所得税・住民税の扱いは税理士、現地の労働法令は現地の専門家へ、それぞれ直接ご依頼いただく形をご案内します。当事務所は紹介料を受け取りません。四葉社会保険労務士事務所にご相談いただく場合の費用は報酬額表に、よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。
本記事は一般的な情報提供です。個別のご事情に応じた判断は、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
「人」のことから、整理しませんか。
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