化学物質の自律的管理とは何か、SDS・リスクアセスメントと管理者選任の義務

浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
化学物質の自律的管理とは、国が物質ごとに具体的な方法を定める個別規制から、事業者がリスクアセスメントの結果に基づいて自らばく露を防ぐ措置を選ぶ自律管理へと重心を移す考え方です(令和4年の労働安全衛生法令改正)。情報伝達はラベル表示(労働安全衛生法第57条)とSDSによる通知(第57条の2)、リスクの評価はリスクアセスメント(第57条の3第1項)が柱です。2024年(令和6年)4月1日からは、リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業場に、化学物質管理者(労働安全衛生規則第12条の5)と、必要に応じて保護具着用管理責任者(同規則第12条の6)の選任が義務づけられました。業種・規模による除外はありません。SDSの作成・提供は化学物質の製造元・譲渡提供者、作業環境測定や専門的なばく露測定は作業環境測定士、健康影響の評価は産業医・専門機関が担い、安全衛生体制・就業規則の整備は社会保険労務士がお手伝いします。
結論(先に要点):化学物質の自律的管理とは、国が物質ごとに具体的な方法を定める「個別規制」から、事業者がリスクアセスメントの結果に基づいて自らばく露を防ぐ措置を選ぶ「自律管理」へと転換する考え方です。2024年(令和6年)4月1日からは、リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業場に、化学物質管理者(労働安全衛生規則第12条の5)と、必要に応じて保護具着用管理責任者(同規則第12条の6)の選任が義務づけられました。業種や規模による除外はありません。
この記事は、化学物質を扱う製造・クリーニング・飲食・清掃などの事業所で衛生管理・労務を担う担当者に向けて、化学物質の自律的管理の考え方と、化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任、SDS(安全データシート)とラベル表示、リスクアセスメント(RA)の義務を、社会保険労務士の観点から整理するものです。SDSの作成や専門的な測定など社会保険労務士の業務外の論点は、誰に振り分けるかを明示します。
化学物質の自律的管理とはどんな考え方なのか?
従来、化学物質対策は、国が特定の物質ごとに「この物質はこう扱う」という具体的な方法を省令で定める個別規制が中心でした。しかし、国内で使われる化学物質のうち個別規制の対象はごく一部にとどまり、規制のない物質による労働災害が多く発生していました。
そこで令和4年(2022年)の労働安全衛生法令の改正により、危険性・有害性が確認されている物質を幅広く対象にし、事業者がリスクアセスメント(危険性又は有害性等の調査)を行い、その結果に基づいて自らばく露を防ぐ措置を選んで実施する「自律的な管理」へと、考え方の重心が移りました。関係する改正省令は令和4年(2022年)5月31日に公布され、一部は令和5年(2023年)4月1日、一部は令和6年(2024年)4月1日から施行されています。
この転換の柱は、大きく3つです。
| 柱 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 情報の伝達 | 労働安全衛生法第57条(表示)・第57条の2(文書の交付等) | 容器・包装へのラベル表示と、SDS(安全データシート)による成分・有害性・取扱い注意などの通知 |
| リスクの評価 | 労働安全衛生法第57条の3第1項 | 政令で定める物および通知対象物について、危険性又は有害性等を調査(リスクアセスメント)する |
| 体制と措置 | 労働安全衛生規則第12条の5・第12条の6 ほか | 化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任、ばく露を最小限にする措置 |
リスクアセスメントの対象物質はどこまで広がったのか?
リスクアセスメントの実施義務は、労働安全衛生法第57条の3第1項に基づき、「第57条第1項の政令で定める物」および「通知対象物」(あわせてリスクアセスメント対象物と呼ばれます)を対象にしています。自律的管理への転換に伴い、この対象物は、国際的なGHS分類で危険性・有害性が確認された物質を順次追加する形で、段階的に拡大されています。
対象物は年を追って追加されており、令和8年(2026年)4月にもさらに追加されました。追加された物質については、一定期間ラベル表示等の適用を猶予する経過措置が設けられる場合があります。何がいつから対象になったか、現在の対象物リストは改正のたびに変わるため、正確な物質名と件数は、厚生労働省が公表する最新の対象物一覧(職場のあんぜんサイト等)で確認してください。本記事では、特定の物質数は確定情報として示していません。
自社が扱う物質がリスクアセスメント対象物かどうかは、まず仕入れた製品のSDSとラベルで確認します。対象物であれば、原則としてリスクアセスメントの実施と、その結果に基づくばく露を最小限にする措置が求められます。濃度基準値が定められた物質については、屋内作業場でのばく露を基準値以下にすることが求められます。
化学物質管理者や保護具着用管理責任者は誰が選任するのか?
2024年(令和6年)4月1日から、リスクアセスメント対象物を製造・取り扱い・譲渡提供する事業場には、化学物質管理者の選任が義務づけられました。業種や事業場の規模による除外はなく、小規模な事業場も対象です(一般消費者向けの製品のみを取り扱う事業場などは対象外)。
| 役割 | 根拠 | 誰が・いつ選任するか | 主な職務 |
|---|---|---|---|
| 化学物質管理者 | 労働安全衛生規則第12条の5 | 事業者が、事業場ごとに、選任事由が発生した日から14日以内に選任(作業ごとではない) | ラベル・SDSの確認、リスクアセスメントの実施・結果の記録・保存の管理、ばく露防止措置の管理、関係労働者への周知・教育の管理 |
| 保護具着用管理責任者 | 労働安全衛生規則第12条の6 | リスクアセスメントの結果に基づき労働者に保護具を使用させるとき、事業者が選任 | 有効な保護具の選択、着用状況の管理、保護具の保守管理 |
化学物質管理者は、原則として事業場内の労働者から選任します。化学物質を製造する事業場では、厚生労働大臣が定める専門的講習を修了した者などの資格要件があります。製造以外の事業場には法令上の資格要件はありませんが、職務を担うための講習の受講が推奨されています。誰を選任できるか、どの講習が必要かは、事業場の区分に応じて確認してください。
SDSの確認とラベル表示で事業所は何をすべきか?
情報の伝達は自律的管理の出発点です。事業所でやることは、立場によって次のように分かれます。
- 化学物質を仕入れて使う事業所:仕入れた製品のSDSとラベルを確認し、含まれる物質・有害性・取扱い上の注意・応急措置を把握します。SDSはリスクアセスメントの基礎資料になるため、整理して保管し、取り扱う労働者がいつでも見られるようにします。小分けして別の容器に移すときは、移し替えた容器にも必要な表示を行います。
- 化学物質を他社へ譲渡・提供する事業所(製造元・販売元など):容器・包装へのラベル表示(労働安全衛生法第57条)と、SDSによる通知(同法第57条の2)を行います。SDSの内容に変更があったときは、速やかに通知するよう努めます。SDSの作成・提供そのものは製造元・譲渡提供者が行う業務で、社会保険労務士の業務ではありません。
ラベルとSDSで把握した情報は、リスクアセスメントと、作業手順・保護具の選定、労働者への教育につなげます。化学物質を扱う職場では、暑熱環境の作業や健康管理とあわせて安全衛生体制を見直すことが多く、職場の熱中症対策義務化(2025年6月施行)で現場は何をするのかや定期健康診断は、どこまでが会社の義務かもあわせてご覧ください。
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自律的管理の体制を整える手順はどうなるか?
自律的管理の体制づくりは、次の順で進めると整理しやすくなります。
- 取り扱う化学物質を洗い出す:事業所で仕入れ・使用・製造している製品を棚卸しし、それぞれのSDSとラベルを集めます。
- リスクアセスメント対象物かを確認する:SDS等をもとに、対象物にあたるかを確認します。対象物があれば、化学物質管理者の選任義務が生じます。
- 化学物質管理者を選任する:事業場ごとに、選任事由の発生から14日以内に選任します。製造事業場は資格要件を確認します。
- リスクアセスメントを実施する:対象物について危険性・有害性等を調査し、結果を記録・保存します。結果に基づき、ばく露を最小限にする措置(作業方法の変更、局所排気、保護具の使用など)を検討します。
- 保護具と教育を整える:保護具を使用させる場合は保護具着用管理責任者を選任し、作業手順と労働者への教育を整えます。安全衛生の社内規程は就業規則は何人から義務か。義務でないものは何かもあわせて見直すと運用が安定します。
作業環境測定や、個々の作業者のばく露濃度の専門的な測定は作業環境測定士・専門機関の領域です。健康影響の評価や健康診断の要否は産業医・専門機関に相談します。万一、化学物質による健康障害が業務上生じたときの労災請求と労働者死傷病報告の流れは従業員が仕事中にけがをしたとき、会社は何をする?労災の請求と労働者死傷病報告にまとめています。
四葉社会保険労務士事務所では、化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任を含む安全衛生体制の整備、就業規則・安全衛生管理規程の見直し、労働者への教育の進め方についてご相談いただけます。ご相談は無料で、費用は報酬額表に、よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。
よくある質問
Q. 化学物質の自律的管理とは何ですか?
A. 国が物質ごとに具体的な方法を定める個別規制から、事業者がリスクアセスメントの結果に基づいて自らばく露を防ぐ措置を選ぶ自律管理へと重心を移す考え方です。令和4年(2022年)の労働安全衛生法令の改正によるもので、関係する改正省令は令和4年5月31日に公布され、一部は令和5年4月1日、一部は令和6年(2024年)4月1日から施行されています。
Q. 化学物質管理者は、どの事業場が選任しなければなりませんか?
A. 2024年4月1日から、リスクアセスメント対象物を製造・取り扱い・譲渡提供する事業場が、事業場ごとに選任します(労働安全衛生規則第12条の5)。業種や規模による除外はありません。選任事由が発生した日から14日以内に選任し、化学物質を製造する事業場では専門的講習を修了した者などの資格要件があります。
Q. 保護具着用管理責任者は、いつ選任しますか?
A. リスクアセスメントの結果に基づいて労働者に保護具を使用させるときに、事業者が選任します(労働安全衛生規則第12条の6)。有効な保護具の選択、着用状況の管理、保護具の保守管理を担います。
Q. SDSは誰が作るのですか。社労士が作るのですか?
A. SDS(安全データシート)の作成・提供は、化学物質を製造・譲渡・提供する事業者(製造元・販売元)が行います(労働安全衛生法第57条の2)。社会保険労務士の業務ではありません。仕入れて使う事業所は、受け取ったSDSとラベルを確認し、リスクアセスメントや教育に活用します。作業環境の専門的な測定は作業環境測定士の業務です。
この記事の根拠
- 労働安全衛生法第57条(表示等):危険物・一定の健康障害物質を容器・包装で譲渡・提供する者は、名称・人体に及ぼす作用・取扱い上の注意等を表示する
- 労働安全衛生法第57条の2(文書の交付等):通知対象物を譲渡・提供する者は、文書の交付その他の方法で、名称・成分とその含有量・有害性・取扱い上の注意・応急措置等を相手方に通知する(SDS)
- 労働安全衛生法第57条の3第1項:事業者は、第57条第1項の政令で定める物および通知対象物(リスクアセスメント対象物)について、危険性又は有害性等を調査(リスクアセスメント)しなければならない。同条第2項=調査結果に基づく措置(努力義務)
- 労働安全衛生規則第12条の5:化学物質管理者の選任。リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業場(業種・規模の要件なし)が事業場ごとに選任。2024年(令和6年)4月1日施行
- 労働安全衛生規則第12条の6:保護具着用管理責任者の選任。リスクアセスメントの結果に基づき保護具を使用させるときに選任。2024年(令和6年)4月1日施行
- 関係改正省令:労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年〔2022年〕5月31日公布)。一部は令和5年4月1日、一部は令和6年4月1日施行
- リスクアセスメント対象物:GHS分類で危険性・有害性が確認された物質を順次追加する形で段階的に拡大。令和8年(2026年)4月にも追加。正確な物質名・件数・適用時期は厚生労働省の公表一覧による(本記事では特定の物質数を確定情報として示していない)
- 厚生労働省「化学物質による労働災害防止のための新たな規制」および職場のあんぜんサイト。2026年10月9日参照
- 社会保険労務士の業務:社会保険労務士法第2条
この記事は、誰に相談するかまで決めるものではありません。化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任を含む安全衛生体制の整備、就業規則・安全衛生管理規程の見直し、労働者への教育の進め方は社会保険労務士がお手伝いできます。SDSの作成・提供は化学物質の製造元・譲渡提供者、作業環境測定や個々のばく露濃度の専門的な測定は作業環境測定士、健康影響の評価は産業医・専門機関の業務です。自社が扱う物質がリスクアセスメント対象物にあたるか、どこまでの措置が必要かの最終的な判断は、最新の一次情報と所轄の労働基準監督署・都道府県労働局への確認によります。四葉社会保険労務士事務所にご相談いただく場合の費用は報酬額表に、よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。
本記事は一般的な情報提供です。自社が扱う物質が対象になるか、どこまでの措置が必要かなど個別の判断は、最新の一次情報(厚生労働省など)と個別のご事情に照らし、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
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