美容室の開業で歩合給・面貸し・社会保険はどう決めるのか
浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
美容室では、歩合給でも最低賃金と保障給を満たす必要があり、面貸し(業務委託)と雇用の線引きは契約書の題名ではなく実態で決まります。社会保険(健保・厚年)の強制加入は、法人か個人か、そして人数によって分かれます。個人経営の美容業は従業員が5人以上でも健保・厚年の強制適用にならない点まで、労働基準法第27条・最低賃金法・健康保険法を根拠に整理します。
結論(先に要点):美容室では、歩合給でも最低賃金と保障給を満たす必要があり、面貸し(業務委託)と雇用の線引きは契約書の題名ではなく実態で決まります。社会保険(健保・厚年)の強制加入は、法人か個人か、そして人数によって分かれます。
「スタイリストは歩合だから」「面貸しにしているから労働法は関係ない」というご相談を、開業前によくうかがいます。ところが、歩合給にも賃金の最低ラインがあり、面貸しでも実態が雇用なら雇用として扱われます。ここを外して設計すると、あとから未払い賃金や保険料の遡及にぶつかります。先に「どこが法律のラインか」を押さえておきましょう。
歩合給だけでも、最低賃金は満たさなければならないのか?
満たさなければなりません。歩合給(出来高払制)にも、2つの最低ラインが同時にかかります。
| ライン | 根拠 | 中身 |
|---|---|---|
| 出来高払制の保障給 | 労働基準法第27条 | 出来高が少ない月でも、労働時間に応じ一定額の賃金を保障する |
| 最低賃金 | 最低賃金法第4条第1項 | 歩合給を月の総労働時間で割った時間額が、地域別最低賃金以上であること |
労働基準法第27条は「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。完全歩合給(フルコミッション)でも、出勤して働いた以上、賃金ゼロにはできないという趣旨です。保障給の額そのものは条文に書かれていませんが、通達は「常に通常の実収賃金とあまりへだたらない程度の収入が保障されるように」定めるべきとしており、休業手当が平均賃金の6割以上(労働基準法第26条)であることから、少なくともその程度を目安とする説明が一般的です。
最低賃金は別の物差しです。指名料・技術料の歩合をいくら高く設定しても、指名が入らなかった月に時間額が最低賃金を下回れば、会社が差額を支払わなければなりません。実務では、固定給+歩合の形にして、固定給部分で最低賃金と保障給を確保する設計が多く使われます。契約と運用をどちらに寄せるかは、外注と雇用の境目は、契約書では決まらないの考え方とあわせて整理します。
面貸し・業務委託と雇用の線引きは、どこで判断されるのか?
契約書の題名ではなく、働き方の実態で判断されます。労働基準法第9条は「労働者」を、事業に使用され賃金を支払われる者と定めており、契約の名称は要件に入っていません。判断の枠組みは、労働基準法研究会報告(昭和60年12月19日)が示した項目で、次のようなところを総合的に見ます。
| 見られるところ | 雇用に傾く | 面貸し(事業者)に傾く |
|---|---|---|
| 仕事の依頼・指示への諾否の自由 | 断れない | 自分で受ける施術を選べる |
| 指揮監督・時間や場所の拘束 | 出退勤・シフトが指定される | 営業日・時間を自分で決める |
| 料金・顧客 | 店が決め、店の客を割り当てる | 自分の顧客・自分の料金 |
| 報酬の性格 | 時間に対して支払われる | 売上から場所代を差し引く |
| 設備・道具の負担 | 店が用意する | 自分で用意する部分がある |
「面貸し」と呼んでいても、シフトを組み、店の顧客を割り当て、店の指示で施術しているなら、労働者性が認められる方向に傾きます。逆に、席と設備を貸し、施術者が自分の顧客に自分の料金で施術して、売上に応じた場所代を店に払う形なら、事業者性が強くなります。どの項目か1つで決まるものではなく、事実を全部並べた総合判断である点が要点です。なお、面貸しでも美容所として営業する以上、開設者は保健所への美容所開設届と管理美容師の設置(美容師法)が必要で、これは雇用か業務委託かとは別の話です。
美容室で社会保険(健保・厚年)は、いつ強制加入になるのか?
まず法人か個人かで大きく分かれます。
| 事業形態 | 健康保険・厚生年金 |
|---|---|
| 法人(株式会社・合同会社など) | 代表者1人でも強制適用(役員報酬を受ける代表者も被保険者) |
| 個人経営 | 従業員が何人いても強制適用にならない(美容業は法定の適用業種に含まれないため) |
健康保険法第3条第3項・厚生年金保険法第6条は、常時5人以上を使用する個人事業所を強制適用としつつ、農林水産業や飲食店・理容美容業などのサービス業を適用業種から除いています。理容・美容業は、個人経営なら従業員が5人以上でも健保・厚年の強制適用事業所になりません(任意適用事業所として認可を受けて加入する道はあります)。令和4年10月から士業(弁護士・税理士・社労士など)が適用業種に追加されましたが、美容業は含まれていません。2024年に厚生労働省の有識者会議が非適用業種の撤廃を提言していますが、施行日が決まった段階ではないため、最新の状況は日本年金機構で確認してください。
法人化して強制適用になった場合、従業員それぞれの加入は、1週の所定労働時間と1月の所定労働日数がいずれも通常の労働者の4分の3以上か、被保険者51人以上の特定適用事業所では週20時間以上・月額賃金8.8万円以上かで判定します。数え方は短い時間で雇うと、社会保険はどうなるかにまとめています。
美容師の労災・雇用保険は、どこまで必要か?
労働保険は、社会保険とは判定のしくみが違います。
- 労災保険:労働者を1人でも使用すれば、法人・個人を問わず、業種を問わず強制適用です。国籍・在留資格・労働時間も問いません。他方、事業主本人(個人事業主)や役員は「労働者」ではないため労災の対象外で、施術中のけがに備えるなら中小事業主等の特別加入という別の制度を使います。加入の順序は社長には労災が出ない。そして1人だと特別加入もできないを参照してください。
- 雇用保険:1週の所定労働時間が20時間以上(2028年10月からは10時間以上)で、31日以上の雇用見込みがある労働者が被保険者です。面貸しの施術者が本当の事業者であれば、労働者ではないので雇用保険・労災の対象になりません。ここでも「雇用か事業者か」の実態判断が効いてきます。
ご自身のケースについて相談したい方へ
社会保険・給与・労務について、状況をお聞かせください。
つまり、面貸し・業務委託として設計したつもりでも、実態が雇用と判断されれば、労災・雇用保険の遡及加入と保険料が問題になります。設計の入口で線を引いておくことが、あとの遡及を防ぎます。
美容所の届出や契約書は、誰に頼めばよいのか?
美容室の開業は、担当する資格が分かれ、それぞれ別の契約になります。
| やること | 主な担当 |
|---|---|
| 就業規則・賃金(歩合・保障給)設計、労働・社会保険の適用判定と手続、給与計算 | 社会保険労務士(当事務所) |
| 美容所開設届(保健所)の作成・提出支援 | 行政書士 |
| 面貸し・業務委託の契約書作成、労働者性を巡る紛争 | 弁護士 |
| 開業の税務・確定申告 | 税理士 |
| 店舗物件の仲介・重要事項説明 | 宅地建物取引業者 |
美容所開設届は四葉行政書士事務所、店舗物件は四葉不動産へおつなぎすることもできますが、四葉行政書士事務所・四葉不動産は当事務所とは独立した事業体で、社会保険労務士業務・行政書士業務・宅地建物取引業務は別々にご契約いただきます(一括受任はしません)。当事務所は紹介料を受け取りません。美容所届出の構造・設備基準は美容所の開設届と構造・設備基準(行政書士サイト)に、物件側の要件は美容室・理容所に使える物件と保健所届出(不動産サイト)にまとめています。
四葉社会保険労務士事務所では、歩合給と保障給・最低賃金を満たす賃金設計、面貸し・雇用の切り分けを踏まえた就業規則、社会保険・労働保険の適用と手続についてご相談いただけます。費用は報酬額表にまとめています。
よくある質問
Q. 完全歩合給にすれば、暇な月は賃金を払わなくてよいですか?
A. いいえ。労働者である以上、労働基準法第27条の保障給がかかり、出勤して働いた時間に応じて一定額の賃金を保障しなければなりません。さらに歩合給を時間額に換算して最低賃金を下回れば、会社が差額を支払う必要があります。完全歩合給でも賃金ゼロにはできません。
Q. 面貸しにすれば、社会保険も残業代もかからないと考えてよいですか?
A. 面貸しが本当に事業者への場所貸しであれば、労働法・社会保険はかかりません。ただし、シフトを組み、店の顧客を割り当て、指揮監督している実態があれば、契約書の題名にかかわらず雇用と判断され、社会保険・残業代・労働保険が遡ってかかることがあります。判断は実態で行われます。
Q. 個人経営の美容室なら、従業員が5人以上でも社会保険に入らなくてよいのですか?
A. 健康保険・厚生年金については、美容業は法定の適用業種に含まれないため、個人経営なら従業員が5人以上でも強制適用事業所になりません。任意適用事業所として認可を受けて加入することはできます。一方、労災保険は労働者を1人でも使えば強制適用で、こちらは業種も人数も問いません。
Q. スタイリストを業務委託にしていますが、労災はどうなりますか?
A. 実態が事業者(本当の業務委託)であれば労働者ではないため、労災保険・雇用保険の対象になりません。逆に実態が雇用と判断されれば、労災・雇用保険の遡及加入が問題になります。事業主本人が施術中のけがに備えるには、労働者を雇っていることを前提に中小事業主等の特別加入を検討します。
この記事の根拠
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)第9条(労働者の定義)、第26条(休業手当)、第27条(出来高払制の保障給)
- 最低賃金法(昭和34年法律第137号)第4条第1項(最低賃金の効力)
- 労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭和60年12月19日)。厚生労働省が判断基準の資料として公開する原文により確認
- 出来高払制の保障給の水準:条文に定めはなく、通達が「通常の実収賃金とあまりへだたらない程度」を求める旨。休業手当(平均賃金の100分の60以上)を目安とする一般的な解説による
- 健康保険法(大正11年法律第70号)第3条第3項・厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第6条:法人は代表者1人でも強制適用、個人事業所は常時5人以上で強制適用だが理容・美容業などのサービス業は適用業種から除外(日本年金機構「適用事業所と被保険者」2026年9月20日参照)
- 適用業種への士業追加:令和4年10月1日施行(日本年金機構。2026年9月20日参照)。非適用業種の撤廃は2024年の厚生労働省有識者会議の提言段階で施行日は未定
- 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号):労働者を使用する事業に強制適用、役員・事業主は特別加入。雇用保険法(昭和49年法律第116号)第4条・第6条:週20時間以上等の労働者が被保険者、2028年10月から10時間以上
- 条文はいずれも2026年9月20日時点でe-Gov法令検索および各官庁の公表資料により確認しました。料率・企業規模要件・適用業種は改定されるため、最新は日本年金機構・厚生労働省で確認してください
この記事は、誰に相談するかまでは決めていません。賃金設計・就業規則・社会保険と労働保険の適用と手続は社会保険労務士の業務です。美容所開設届は行政書士、契約書作成や労働者性を巡る紛争は弁護士、開業の税務は税理士、物件の仲介は宅地建物取引業者へ、それぞれ独立した事業体として別々にご契約いただく形をご案内します。当事務所は紹介料を受け取りません。四葉社会保険労務士事務所にご相談いただく場合の費用は報酬額表に、よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。
本記事は一般的な情報提供です。歩合給・面貸しの適否や社会保険の加入義務など個別の判断は、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
「働き方」から、整理しませんか。
四葉社会保険労務士事務所(文京区小日向・東京メトロ丸ノ内線「茗荷谷」駅 徒歩5分)が、労務の現状整理からお手伝いします。
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