会社をたたんで帰国する外国人経営者は、社会保険を何の順番で閉じるのか——資格喪失・全喪届・保険料の還付・脱退一時金

浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
会社をたたんで帰国する経営者は、社会保険を「従業員の資格喪失→自分の資格喪失→適用事業所全喪届→保険料の精算(還付)→転出届→出国→脱退一時金」の順に閉じます。出国後に止まりやすいのは、保険料の還付と年金事務所からの通知の受け取りで、どちらも会社の口座と住所が無くなることが原因です。口座を閉じる前に還付を受け、出国前に日本側の連絡先(代理人)を決めておくことが要点です。解散・清算の登記は司法書士、税務は税理士の業務です。
結論(先に要点):会社をたたんで帰国する経営者は、社会保険を**「従業員の資格喪失 → 自分の資格喪失 → 適用事業所全喪届 → 保険料の精算(還付) → 転出届 → 出国 → 脱退一時金」**の順に閉じます。出国後に止まりやすいのは、保険料の還付と、年金事務所からの通知の受け取りです。どちらも「会社の口座」と「会社の住所」が無くなることで止まるので、口座を閉じる前に還付を受け、出国前に日本側の連絡先(代理人)を決めておくことが要点です。
カナダ出身のご主人の話です(脱退一時金は帰国後でも請求できるのかと同じ、複数の相談をもとにした架空の事例です)。英会話学校を法人で6年経営し、講師を2名雇っていました。生徒の募集を止め、講師に退職してもらい、会社を解散して母国に帰る——出国日は決まっていましたが、「社会保険をどの順番で閉じればいいか」は決まっていませんでした。
経営者が帰国する場合、会社としての手続と、本人の年金の手続が同時に進みます。ここを混ぜると、出国後に手続が止まります。順番に見ていきます。
出国日から逆算すると、どんな順番になるか?
| 時期の目安 | 誰の手続か | すること |
|---|---|---|
| 出国の2〜3か月前 | 会社 | 従業員の退職日を決め、退職日の翌日から5日以内に資格喪失届。雇用保険の離職手続 |
| 従業員が全員退職した後 | 会社・本人 | 役員報酬を止め、役員(本人)の資格喪失届。報酬が無くなった日の翌日が資格喪失日 |
| 被保険者が誰もいなくなった後 | 会社 | 適用事業所全喪届(事実発生から5日以内)。添付書類は後述 |
| 全喪届の処理後 | 会社 | 払いすぎた保険料の還付を受ける。会社の口座を閉じるのはこの後 |
| 出国の直前 | 本人 | 市区町村に転出届。本人の脱退一時金の準備(基礎年金番号・口座証明・委任状) |
| 出国後 | 本人 | 脱退一時金の請求(転出日の翌日から2年以内) |
| 並行して | 会社 | 解散・清算の登記、税務の届出(それぞれ司法書士・税理士の業務) |
1.資格喪失は、誰から先に届け出るか?
会社に厚生年金保険の被保険者が一人でも残っていれば、適用事業所は続きます。従業員の退職と資格喪失届を済ませ、最後に役員である本人が被保険者でなくなったときに、はじめて「全喪」になります。
役員の場合、退職という概念がありません。役員報酬が無くなった時点で被保険者の要件を満たさなくなり、報酬が無くなった日の翌日が資格喪失日になります。報酬をいつ止めるかは、社員総会や株主総会の決議で決めて、決議書を残しておきます。この日付が、あとで全喪届と保険料の計算の基準になります。
2.適用事業所全喪届の「全喪年月日」は、いつと書くか?
被保険者が誰もいなくなったら、事業主が「健康保険・厚生年金保険 適用事業所全喪届」を年金事務所に提出します。期限は事実発生から5日以内です。
日本年金機構が届出不備の例として挙げているのが、全喪年月日の書き方です。全喪年月日は事実発生日の翌日を書きます。たとえば最後の被保険者が10月31日に資格喪失の事実を迎えた場合、全喪年月日は11月1日です。この日付が空欄だったり、事実発生日そのものを書いたりすると、届書が返されます。
添付書類は、原則として次のどちらかです。
- 解散登記の記載がある法人登記簿謄本のコピー
- 雇用保険適用事業所廃止届(事業主控)のコピー
解散登記より先に出国する、あるいは解散せず休業にするという場合は、上の2つを用意できません。その場合は、給与支払事務所等の廃止届のコピー、休業等の異動事項を記載した法人税の異動届のコピー、事業廃止等を議決した議事録のコピーなど、代わりの書類が認められています。どれを添えるかで事由(解散か休業か)の書き方も変わるので、届出前に年金事務所に確認します。
「解散」にするか「休業」にするかは、会社をどう終わらせるかの問題で、社会保険の手続はそのどちらにも対応できます。解散・清算の手続そのものは登記と税務の領域なので、司法書士・税理士と並行して進めます。
3.保険料の還付は、いつ受け取るか?——会社の口座を閉じる前に
社会保険料は月単位で、資格喪失日の属する月の前月分までかかります。全喪の処理が済むと、すでに納めた保険料のうち、本来かからない月の分が「払いすぎ」として年金事務所から還付の案内が届き、事業所が指定した口座に振り込まれます。
ここで止まるのが、会社の口座を先に閉じてしまうケースです。還付は事業所(会社)に対して行われるため、受け取る口座が無いと振込ができません。会社の解散・清算を急ぐ場合でも、社会保険料の精算が終わるまでは口座を残すか、残せないなら受取方法を事前に年金事務所に相談してください。清算人や代理人の口座で受け取れるかどうかは、個別の確認事項です。
逆に、最後の月の保険料を納付書で払い忘れたまま出国すると、未納として残ります。納付書は事業所の住所に届くので、出国前に最後の納付を確認しておきます。
4.資格喪失日と転出日のあいだが空くと、どうなるか?
本人の資格喪失日が転出日より何か月も早いと、そのあいだ本人は国民年金の第1号被保険者と国民健康保険の加入者になります。保険料がかかるうえ、国民年金の第1号期間が6か月未満だと国民年金の脱退一時金は出ません(厚生年金保険の期間とも合算されません)。
出国直前まで役員報酬を払って被保険者のままにするか、早めに報酬を止めて空白期間の国民年金・国保を払うか。どちらが良いかは報酬額と空白の長さで変わるので、資格喪失日を決める前に計算しておきます。
5.出国後、年金事務所からの通知はどこに届くか?
全喪届の受理通知、還付の案内、不備の返戻は、事業所の住所に郵送されます。出国して事務所も閉じていれば、届きません。出国前に、日本側の連絡先を決めてください。社会保険労務士に委任していれば、委任状の範囲で代理人として通知の受け取りと問い合わせの対応ができます。
ご自身のケースについて相談したい方へ
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6.本人の脱退一時金は、いつ請求するか?
役員として厚生年金保険に加入していた期間は、本人の脱退一時金の対象です。要件・期限(転出日の翌日から2年以内)・用意するものは、脱退一時金は帰国後でも請求できるのかのとおりです。経営者の場合に気をつけるのは、会社の手続と自分の手続で基礎年金番号や口座を混同しないこと、出身国に通算のある協定があれば請求前に損得を確認することの2点です。
ご主人の場合、厚生年金保険の加入は役員としての6年です。カナダとの協定には加入期間の通算があるため、請求するかどうかは年齢とカナダ側の加入状況を含めて個別に計算することになります。
会社をたたむ順番は、会社の形(解散か休業か)、従業員の有無、出国日までの期間で変わります。この記事は順番の整理であり、個別の日付の設定と届出の記載は、面談のうえ資格者が確認します。
四葉社会保険労務士事務所は、何ができますか?
文京区小日向の四葉社会保険労務士事務所は、従業員・役員の資格喪失届、適用事業所全喪届の作成と提出、保険料の精算と還付の確認、出国後の年金事務所との連絡窓口(委任状による)、本人の脱退一時金請求の代行をお受けします。ご相談は無料です。料金は報酬額表に、労働保険を含めた全体像は会社をたたむとき、社会保険と労働保険はどうするかに、本人の脱退一時金は脱退一時金の請求と脱退一時金は帰国後でも請求できるのかにまとめています。
誰に相談するか
解散・清算の登記は司法書士、法人税・消費税や給与支払事務所の廃止届などの税務は税理士の業務です。在留資格(経営・管理)の終了に関する手続は四葉行政書士事務所(当事務所とは独立した事業体で、別々にご契約いただきます)、紛争性のある事案は弁護士の業務です。いずれも紹介料の授受はありません。
よくある質問
Q. 解散登記が出国に間に合いません。全喪届は出せますか?
A. 出せます。解散登記簿謄本や雇用保険の廃止届の写しを添付できない場合は、給与支払事務所等の廃止届の写し、休業等の異動届の写し、事業廃止を議決した議事録の写しなどが代わりの添付書類として認められています。事由を解散にするか休業にするかは、添付できる書類に合わせて年金事務所に確認してください。
Q. 役員は自分1人です。資格喪失日はいつになりますか?
A. 役員報酬が無くなった日の翌日です。報酬をいつ止めるかを決議で定め、その日付で資格喪失届と全喪届を出します。全喪年月日は、最後の被保険者の資格喪失にかかる事実発生日の翌日を記入します。
Q. 還付金を友人や家族の口座で受け取れますか?
A. 還付は事業所(会社)に対して行われるのが原則です。会社の口座を閉じる前に還付を受けるのが確実で、どうしても閉じる場合は、清算人や代理人の口座で受け取れるかを事前に年金事務所に確認してください。確認せずに出国すると、還付が宙に浮きます。
Q. 従業員を雇っていました。労働保険はどうなりますか?
A. 雇用保険の適用事業所廃止届と、労働保険の確定保険料の申告が必要です。労働保険を含めた会社側の全体像は会社をたたむとき、社会保険と労働保険はどうするかで整理しています。雇用保険の廃止届(事業主控)の写しは、全喪届の添付書類としても使えます。
この記事の根拠
- 適用事業所全喪届の提出時期(事実発生から5日以内)、対象(廃止・休止等)、添付書類(解散登記簿謄本または雇用保険適用事業所廃止届の写しを原則とし、添付できない場合の代替書類) ―― 日本年金機構「適用事業所が廃止等により適用事業所に該当しなくなったときの手続き」(2025年3月28日更新、2026年10月20日参照)
- 全喪年月日に事実発生日の翌日を記入すること、空欄・誤記入は再提出となること ―― 日本年金機構「健康保険・厚生年金保険 適用事業所全喪届の届出不備や誤りの多い事例」(2026年10月20日参照)
- 健康保険法第3条、健康保険法施行規則第20条、厚生年金保険法第6条、厚生年金保険法施行規則第13条の2(全喪届の根拠) ―― e-Gov法令検索で確認できます(条番号は2026年10月時点の日本年金機構の案内による)
- 脱退一時金の要件・期限・上限60月 ―― 厚生年金保険法附則第29条、国民年金法附則第9条の3の2、日本年金機構「脱退一時金の制度」(2026年10月20日参照)
- 国民年金と厚生年金保険の期間を合算しないこと、国民年金の脱退一時金は第1号期間が6月以上必要なこと ―― 日本年金機構・年金Q&A「脱退一時金を請求するにあたって、どのような点に注意すればよいですか」(2026年10月20日参照)
- カナダとの社会保障協定に加入期間の通算が含まれること ―― 日本年金機構「協定を結んでいる国との協定発効時期および対象となる社会保障制度」(2025年10月27日更新、2026年10月20日参照)
本記事は一般的な情報提供です。届出の日付や事由の記載は個別の事情によります。個別のご事情に応じた判断は、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
「働き方」から、整理しませんか。
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