会社分割・事業譲渡での労働契約の承継|労働契約承継法と5条協議
浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
会社分割と事業譲渡では、労働契約の引き継ぎ方が正反対です。会社分割は労働契約承継法(平成12年法律第103号)で本人の同意なく包括承継され、事業譲渡は民法第625条第1項で一人ひとりの承諾が要ります。会社分割の通知・5条協議・7条措置という3つの手続と、承継後の就業規則の統合を整理します。登記は司法書士、不利益変更の紛争は弁護士、税務は税理士という切り分けもまとめます。
結論(先に要点):会社分割と事業譲渡では、労働契約の引き継ぎ方が正反対です。会社分割は労働契約承継法(平成12年法律第103号)により、承継される事業に主として従事する労働者の労働契約が、本人の同意なしに包括的に承継会社へ移ります。一方、事業譲渡は民法第625条第1項により、労働者一人ひとりの承諾がなければ移せません。会社分割では、通知・5条協議・7条措置という3つの手続が法定されています。この記事では、承継方法ごとに労働契約と従業員の手続がどう変わるかを整理します。労使協議・通知・就業規則の統合は社会保険労務士、会社分割の登記は司法書士、不利益変更をめぐる紛争は弁護士、税務は税理士に分かれます。
「後継者がいないので会社を分ける(または一部を売る)ことを考えている」「従業員はそのまま引き継げるのか」——中小企業の経営者からいただく相談です。このページは、会社分割または事業譲渡を検討する経営者と、承継される従業員を抱える現場に向けて、労働契約の承継の違いと必要な手続を整理します。個別の不利益変更や雇止めをめぐる紛争の対応は、この記事の範囲外です。
会社分割と事業譲渡で、労働契約の承継はどう違うのか?
同じ「事業を移す」でも、労働契約の移り方は逆です。
| 会社分割 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| 労働契約の移転 | 包括承継(分割契約等に定めれば、本人の同意なしに移る) | 特定承継(労働者一人ひとりの承諾が必要) |
| 根拠 | 労働契約承継法(平成12年法律第103号)、会社法の分割手続 | 民法第625条第1項(使用者は労働者の承諾がなければ権利を第三者に譲れない) |
| 労働者の関与 | 通知・異議申出(第4条・第5条)の仕組みがある | 転籍への個別同意(同意しなければ元の会社に残る) |
| 労働条件 | 原則としてそのまま承継会社に引き継がれる | 譲受会社との新たな合意で決まる(従前条件は当然には引き継がれない) |
会社分割は、労働契約承継法という特別法があるため、主として従事する労働者は原則そのまま移ります。事業譲渡は民法の原則どおり、本人が承諾しなければ移りません。どちらを選ぶかで、従業員に対して踏む手続がまったく変わるのが出発点です。M&A時の社会保険手続きの概観は事業承継・M&Aと労務・社会保険にまとめています。
労働契約承継法の通知と5条協議は、いつ誰に何をするのか?
会社分割では、時系列で先に「5条協議」、次に「通知」という2つの手続が要ります。名前が似ていますが、根拠も対象もタイミングも別です。
| 手続 | 根拠 | 対象 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 5条協議 | 商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号)附則第5条 | 承継される事業に従事する労働者(個別に) | 分割契約等の本店備置き開始日まで | 分割後の勤務会社の概要、主として従事する労働者への該当性、承継の有無、予定される業務内容を説明し、本人の希望を聴く |
| 通知(第2条) | 労働契約承継法第2条 | 主として従事する労働者+分割契約等に承継の定めのある他の労働者 | 分割を承認する株主総会の日の2週間前まで | 承継の有無、異議申出ができる期限、該当区分などを書面で通知 |
この2つに加えて、労働者には異議申出の権利があります。
- 第4条:承継される事業に主として従事するのに、分割契約等で承継対象から外された労働者は、異議を申し出れば承継会社に承継されます
- 第5条:主として従事しないのに承継対象とされた労働者は、異議を申し出れば承継されず、元の会社に残ります
5条協議をまったく行わなかった場合、承継の効力が否定されることがあります(日本アイ・ビー・エム事件・最高裁平成22年7月12日判決の一般的な考え方)。手続の順序を飛ばさないことが実務の要点です。
7条措置(労働者の理解と協力)は、実務で何を求められるのか?
5条協議が「対象事業の労働者と個別に」行う協議であるのに対し、7条措置は「雇用する労働者全体の理解と協力」を得るための努力義務です(労働契約承継法第7条)。
- 労働組合、または労働者の過半数を代表する者との協議など、これに準ずる方法で行います
- 分割の背景・理由、債務の履行の見込み、主として従事する労働者に該当するかどうかの判断基準などを説明します
- 対象は分割に関わる労働者に限らず、雇用する労働者全体です
厚生労働省の「分割会社及び承継会社等が講ずべき措置に関する指針」(平成12年労働省告示第127号)が、5条協議・7条措置の具体的な進め方を示しています。5条協議(個別)と7条措置(全体)は別物で、両方が必要だと理解してください。
承継後の就業規則・労働条件の統合は、どこに注意するのか?
労働契約が移った後、承継会社(または譲受会社)に既存の従業員がいる場合、就業規則や労働条件が2つ並びます。ここをどう揃えるかが、承継後にいちばん問題になります。
- 会社分割では労働条件が原則そのまま引き継がれるため、承継会社の既存の規程との二重状態が生じます
- 労働条件を承継後に切り下げる(不利益変更する)には、原則として労働者の合意が必要で、就業規則による変更は合理性が求められます
- 就業規則の作成・届出の義務は常時10人以上から生じます(就業規則は何人から義務か)
統合を急いで一方的に不利益変更すると、後で無効を主張され紛争になりやすい部分です。統合のスケジュールと合意の取り方を、承継の設計段階から組んでおくことが要点です。
労使協議・登記・紛争・税務は、それぞれ誰が担うのか?
会社分割・事業譲渡の労働面は、担当が分かれます。誰が何をするかを最初に決めておくと、手続の抜けを防げます。
| すること | 誰の領分か |
|---|---|
| 5条協議・7条措置の進め方、通知書面の整備、承継後の就業規則・労働条件の統合、労働・社会保険の資格得喪の手続 | 社会保険労務士(当事務所) |
| 会社分割・組織再編の登記 | 司法書士 |
| 不利益変更・雇止め・転籍の有効性をめぐる紛争、労働審判・訴訟 | 弁護士 |
| 組織再編に伴う税務・適格要件の判定 | 税理士 |
労使協議の設計・通知・就業規則の統合・保険手続は社会保険労務士の業務です。登記は司法書士、紛争は弁護士、税務は税理士がそれぞれ担うため、別の立場として切り分けます。
四葉社会保険労務士事務所は、何ができますか?
文京区小日向の四葉社会保険労務士事務所は、会社分割・事業譲渡に伴う5条協議と7条措置の進め方、労働者への通知書面の整備、承継後の就業規則・賃金規程の統合、労働・社会保険の資格得喪の手続、労使協議の設計をお受けします。M&A・事業承継時の社会保険は事業承継・M&Aと労務・社会保険に、就業規則の整備は就業規則は何人から義務かにまとめています。ご相談は無料です。 費用は報酬額表を、よくいただくご質問はよくあるご質問をご覧ください。
よくある質問
Q. 会社分割なら、従業員の同意はいらないのですか?
A. 承継される事業に主として従事する労働者は、労働契約承継法により本人の同意なしに承継会社へ移るのが原則です。ただし、そのために通知(第2条)・5条協議・7条措置という手続が法定されており、これらを踏まないと効力が争われることがあります。同意が不要でも、手続は必要だとお考えください。
Q. 事業譲渡で従業員を引き継ぐには、何が必要ですか?
A. 事業譲渡は民法第625条第1項により、労働者一人ひとりの承諾(転籍への同意)が必要です。同意しない従業員は元の会社に残ります。労働条件も譲受会社との新たな合意で決まり、従前の条件が当然に引き継がれるわけではありません。
Q. 5条協議と7条措置は、どう違うのですか?
A. 5条協議は、承継される事業に従事する労働者と個別に行う協議で、商法等改正法附則第5条が根拠です(本店備置き開始日まで)。7条措置は、雇用する労働者全体の理解と協力を得るための努力義務で、過半数代表等との協議などにより行います。対象とタイミングが別で、両方が必要です。
Q. 承継後に労働条件を揃えるため、給料を下げてもよいですか?
A. 労働条件の不利益変更には、原則として労働者の合意が必要です。就業規則による変更で行う場合も合理性が求められます。一方的に切り下げると、後で無効を主張され紛争になりやすい部分です。個別の有効性判断や紛争対応は弁護士の業務で、当事務所は統合の設計と合意の取り方の整備を担います。
この記事の根拠
- 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成12年5月31日法律第103号、最終改正 平成17年法律第87号)=第2条(労働者への通知)、第4条(主として従事する労働者の異議申出)、第5条(主として従事する者以外の労働者の異議申出)、第7条(雇用する労働者の理解と協力を得る努力義務)
- 商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号)附則第5条=いわゆる「5条協議」(承継される事業に従事する労働者との個別協議)
- 民法(明治29年法律第89号)第625条第1項=使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡せない(事業譲渡での労働契約の移転に個別同意が要る根拠)
- 会社法(平成17年法律第86号)=会社分割(新設分割・吸収分割)の手続
- 分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(平成12年12月27日労働省告示第127号)=5条協議・7条措置の具体的な進め方
- 5条協議を全く行わなかった場合に承継の効力が否定され得るとする一般的な考え方=日本アイ・ビー・エム(会社分割)事件・最高裁第二小法廷平成22年7月12日判決。個別の可否は事情により判断が分かれます
- 条文は e-Gov 法令検索および厚生労働省の公表資料により確認しています(2026年9月時点)
この記事は、誰に相談するかまでは決めていません。5条協議・7条措置の設計、通知書面の整備、承継後の就業規則・労働条件の統合、労働・社会保険の手続は社会保険労務士の業務です。会社分割の登記は司法書士、不利益変更や転籍の有効性をめぐる紛争は弁護士、組織再編の税務は税理士の業務です。四葉社会保険労務士事務所にご相談いただく場合の費用は報酬額表に、よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。
本記事は一般的な情報提供です。個別のご事情に応じた判断は、面談のうえ資格者が行います。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
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