親が老人ホームへ入ったら、自宅はどうする──「答えのない問い」との向き合い方
年老いた母親が老人ホームへ入り、「もう戻れないかも」と自宅を眺めていた——親類のその姿から書き起こしました。家財を片づけられず空き家になり、管理コストだけが積み上がる。そろばん勘定なら売却が合理的でも、そう割り切れないのが実家です。居住用財産3,000万円特別控除の「3年ルール」や、判断能力が下がると自宅売却に家庭裁判所の許可が要る成年後見の壁など、決める前に知っておきたい制度を整理しました。答えのない問いに、家族が納得できる「決め方」を四葉不動産がお手伝いします。
家を、いつまでも眺めていた老婦人のこと
親類に、こんな経験をした人がいます。年老いた母親が老人ホームへ入ることになった。もう自宅には戻れないかもしれない──本人も、家族も、口には出さないけれど、うすうす分かっていました。
施設へ向かう日、その老婦人は、長いあいだ自分の家を眺めていたそうです。何かを言うでもなく、ただ黙って。私はその話を聞いたとき、不動産という仕事が扱っているのは、本当は「建物」ではなく「人の時間」なのだと、あらためて思い知らされました。
家財道具を整理できないうちは、家を貸すことも売ることもできません。結局その家は空き家になり、誰も住まないまま、管理コストだけが積み上がっていきました。固定資産税、火災保険、時々の風通しと草むしり。そろばん勘定だけを言えば、売却が一番合理的です。ところが、そうはいかない。
この問いに、万人向けの正解はありません。「答えはない」というのが、正直な答えです。だからこそ、そろばんの数字と、家族の気持ちと、制度上の期限を、一つのテーブルに並べて考える必要があります。
「まだ売らない」あいだにかかるコストを直視する
まず、冷静に見ておくべきは維持コストです。空き家は放置するほど傷みます。人が住まない家は換気も水回りの使用もなく、湿気やカビ、配管の劣化が進みます。庭木は伸び、郵便物はたまり、防犯上のリスクも上がる。全国で空き家は900万戸、空き家率13.8%と過去最多です(総務省・令和5年住宅・土地統計調査)。「そのうち考える」の“そのうち”が、家の資産価値を静かに削っていきます。
ここで大切なのは、「売らない」と決めることと「放置する」ことは違う、という点です。売らないなら、最低限の管理・換気の体制を組む。それも一つの立派な判断です。
親が存命のうちに知っておく制度
親御さんが存命で判断能力があるうちは、選択肢は比較的広く残されています。
一つは税の期限です。自分が住んでいた家(マイホーム)を売る場合、「住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」に売れば、居住用財産の3,000万円特別控除の対象になり得ます(国税庁 No.3302、No.3314 過去に居住していたマイホームを売ったとき)。老人ホーム入居で家を空けた場合も、この「3年」のカウントは進みます。売る可能性が少しでもあるなら、この期限は意識しておくべきです。
もう一つ、見落とされがちなのが判断能力の問題です。親御さんの認知判断能力が低下してしまうと、たとえ家族であっても、勝手に自宅を売ることはできません。成年後見人が付いた場合でも、本人の居住用不動産を売却・賃貸・処分するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法第859条の3。許可のない処分は無効とされます)。しかも裁判所は「本人が退院・退所して自宅に戻る可能性が絶無でない限り、居住用不動産に当たる」と厳格に判断する傾向があります(e-Gov法令検索・民法)。
つまり、判断は「まだできる」うちにしか、選べないのです。先延ばしは、選択肢そのものを失うことにつながりかねません。
私たちがお手伝いするのは、「決め方」です
四葉不動産は、行政書士がいる不動産会社です。私たちは「早く売りましょう」とは言いません。答えのない問いに、家族全員が納得できる形で向き合う——その「決め方」をお手伝いするのが役割です。
たとえば、売らずに管理だけ整える案、時期を区切って再検討する案、期限のある税特例から逆算する案。いくつかの道筋を、コストと気持ちの両面から並べてお見せします。そのうえで、決めるのはご家族です。
あの老婦人が家を眺めていた時間を、私は忘れません。だからこそ、数字だけで急かすことはしません。文京区・小日向を拠点に、ご家族のペースに寄り添ってご相談をお受けします。
このコラムで触れた公的機関の情報
- 国税庁 No.3302|マイホームを売ったときの特例(3,000万円特別控除)
- 国税庁 No.3314|過去に居住していたマイホームを売ったとき
- e-Gov法令検索|民法(第859条の3・居住用不動産の処分についての許可)
- 総務省|令和5年住宅・土地統計調査
※税務・成年後見の具体的な適用可否は個別事情により異なります。実際のお手続きは、税理士・司法書士・弁護士等の専門家と連携のうえご案内します。本コラムは一般的な情報提供であり、個別の税務・法務助言ではありません。
