事業承継・M&Aの前に洗い出す労務リスクは?未払残業・社保未加入・偽装請負のチェック

浦松 丈二
社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士(四葉社会保険労務士事務所/四葉行政書士事務所)
事業承継・M&Aの前に見ておく労務リスクは、未払残業・社会保険の未加入・偽装請負が簿外債務になりやすく、承継後に買い手や後継者へ跳ね返ります。未払残業は、賃金請求権の消滅時効が当分の間3年(労働基準法第115条・改正法附則)であるため、さかのぼって最大3年分が請求されうる前提で見ます。社会保険の未加入は、保険料の徴収権の時効が2年であるため、遡及適用で最大2年分の保険料が生じえます。業務委託が偽装請負と判断されると、労働者派遣法第40条の6の労働契約申込みみなしなどのリスクがあります。これらを承継前に洗い出すのが労務デューデリジェンスです。株式譲渡契約・表明保証・紛争は弁護士、税務DD・事業承継税制は税理士、登記は司法書士の領域で、労務DDと是正は社会保険労務士が、それぞれ独立した事業体として別々にご契約いただきます。
結論(先に要点):事業承継・M&Aの前に見ておく労務リスクは、未払残業・社会保険の未加入・偽装請負の3つが簿外債務になりやすく、承継後に買い手や後継者へ跳ね返ります。未払残業は、賃金請求権の消滅時効が当分の間3年(労働基準法第115条・改正法附則)であるため、さかのぼって最大3年分が請求されうる前提で見ます。社会保険の未加入は、保険料の徴収権の時効が2年(健康保険法・厚生年金保険法)であるため、遡及適用で最大2年分の保険料が生じえます。業務委託が偽装請負と判断されると、労働者派遣法第40条の6の労働契約申込みみなしなどのリスクがあります。これらを承継「前」に洗い出すのが労務デューデリジェンス(労務DD)です。株式譲渡契約・表明保証・紛争は弁護士、税務DD・事業承継税制は税理士、登記は司法書士の領域で、労務DDと是正は社会保険労務士が、それぞれ独立した事業体として別々にご契約いただきます。
「引き継ぐ会社に労務の爆弾が埋まっていないか」「業務委託の人が実は労働者だったら、承継後にどうなるのか」「社会保険に入れていない従業員が見つかったら、いくら払うことになるのか」——事業を譲り受ける経営者・後継者、承継前にデューデリジェンスを進める買い手の担当からよく受ける相談です。このページは、承継の前に簿外債務になりやすい労務の論点を、どう洗い出し、どう見積もるかに絞って整理します。具体的な税務・契約の判断には立ち入りません。
承継前の労務デューデリジェンスでは何を見るのですか?
労務DDは、決算書に載らない「簿外債務になりやすい労務の論点」を、承継の前に洗い出して金額感と是正の道筋を把握する作業です。見る対象は、労働時間と賃金の実態、社会保険・雇用保険の加入状況、業務委託契約の実態、就業規則・労使協定の整備状況、未消化年休やハラスメント・労災の係争の有無です。
| 見る論点 | 簿外債務になりやすい理由 |
|---|---|
| 未払残業(固定残業代の不備・名ばかり管理職・労働時間管理の甘さ) | 帳簿に載らず、時効の範囲でさかのぼって請求されうる |
| 社会保険・雇用保険の未加入・誤った資格区分 | 遡及適用で保険料が生じ、年金記録の訂正も必要になる |
| 業務委託の労働者性(偽装請負) | 労働者と判断されれば未払賃金・社会保険・労働契約のみなしが生じうる |
| 就業規則・36協定の不備 | 割増賃金の根拠や時間外労働の適法性に直結する |
承継のスキーム(株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割)によって、これらのリスクが誰に残るかが変わります。株式譲渡では会社がそのまま承継するため労務リスクも会社に残り、事業譲渡では承継する範囲を特定します。会社分割に伴う労働契約の扱いは会社分割・事業譲渡と労働契約の承継に整理しています。どのスキームでも、先に実態を把握しておくこと自体が、価格交渉と是正計画の前提になります。承継「後」の社会保険の手続は事業承継・M&A後の社会保険の手続にまとめています。
未払残業は時効の範囲でどこまで簿外債務になりうるのですか?
賃金請求権の消滅時効は、本則では5年ですが、当分の間は3年とされています(労働基準法第115条、改正法附則)。2020年4月1日以後に支払期日が到来する賃金請求権に適用され、未払いの割増賃金(同法第37条)はこの時効の範囲でさかのぼって請求されうる前提で見積もります。固定残業代が要件を満たしていない、管理監督者として扱っていた従業員が実態を伴わない「名ばかり管理職」である、といった論点があると、未払いが膨らみます。
| 論点 | 簿外債務になりやすいポイント |
|---|---|
| 賃金請求権の時効 | 当分の間3年(労働基準法第115条・附則)。退職手当は5年 |
| 固定残業代(みなし残業代) | 金額・時間が明示され実残業との差額が精算されているか。要件を欠くと割増賃金の未払い |
| 名ばかり管理職 | 管理監督者(労働基準法第41条第2号)の実態がないと割増賃金が発生 |
| 労働時間の把握 | 客観的記録がないと、労働時間を争われたときに使用者に不利 |
固定残業代が有効に機能する要件は固定残業代が適法になる要件と差額精算に、管理監督者の線引きは名ばかり管理職と割増賃金にまとめています。実際にいくらの未払いが見込まれるかは、労働時間の記録・賃金規程・対象人数で大きく変わるため、ここでは金額の結論を出しません(未検証)。
社会保険・雇用保険の未加入が見つかるとどんな遡及リスクがありますか?
本来加入させるべき従業員を社会保険(健康保険・厚生年金保険)に入れていなかった場合、遡及して適用され、保険料が生じます。保険料の徴収権の時効は2年(健康保険法・厚生年金保険法)であるため、さかのぼる範囲は原則として2年が上限です。保険料は労使折半ですが、過去の従業員分を本人から回収するのは実務上難しく、事業主の負担として残りやすいのが簿外債務になる理由です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遡及適用の範囲 | 保険料の徴収権の時効は2年(健康保険法・厚生年金保険法) |
| 保険料の負担 | 労使折半だが、過去分の従業員負担を回収しにくく事業主負担が重くなりやすい |
| 加入漏れが起きやすい層 | 短時間労働者・有期・役員・出向者など資格区分の判断が難しい層 |
| 年金記録 | 遡及で被保険者記録の訂正が必要になる |
加入漏れが起きやすいのは、4分の3基準や適用拡大の判断が難しい短時間労働者です(短時間労働者の社会保険と4分の3基準)。承継にあたり代表者や役員が交代すると、役員の社会保険の資格にも手続が生じます(代表者交代・役員の社会保険手続)。遡及の金額や対象者の範囲は加入状況の実態で変わるため、ここでは個別の結論を出しません(未検証)。
業務委託が偽装請負と判断されると承継後に何が起きますか?
形式は業務委託・請負でも、実態が指揮命令下での労務提供であれば、労働者と判断されることがあります。労働者と判断されれば、未払賃金・割増賃金・社会保険・年次有給休暇などが生じ、さらに「偽装請負」として、労働者派遣法第40条の6第1項第5号の労働契約申込みみなしが問題になりえます。これは、派遣法の適用を免れる目的で請負等の名目で労働者派遣の役務の提供を受けた場合に、受け入れた側が労働者に労働契約を申し込んだものとみなす制度で、日常的・継続的に偽装請負の状態が続いていた場合は目的があったと推認されうるとされています。
| 判断の視点 | 内容 |
|---|---|
| 労働者性 | 仕事の依頼を断れるか、指揮命令を受けるか、時間・場所の拘束、報酬の性格などで判断 |
| 偽装請負のみなし | 労働者派遣法第40条の6(偽装請負等の目的での受入れは労働契約申込みみなし) |
| 承継後の跳ね返り | 未払賃金・社会保険の遡及、直接雇用の負担が承継後に生じうる |
ご自身のケースについて相談したい方へ
社会保険・給与・労務について、状況をお聞かせください。
業務委託と雇用の境目は業務委託と雇用の境目(労働者性)に、発注者側がフリーランス法で確認すべき点はフリーランス法で発注企業が確認することにまとめています。最終的に労働者性があるか・偽装請負に当たるかは、契約の実態と個別の事情で分かれる法的判断であり、ここでは結論を出しません(未検証)。
就業規則・36協定の不備は承継にどう影響しますか?
就業規則や36協定の不備は、割増賃金の根拠や時間外労働の適法性に直結し、未払残業や是正勧告のリスクを押し上げます。時間外・休日労働をさせるには36協定の締結・届出が必要で(労働基準法第36条)、就業規則は常時10人以上の事業場で作成・届出の義務があります(同法第89条)。承継後に労働条件を統一する際、不備のある規程をそのまま引き継ぐと、承継側が是正コストを負うことになります。
| 書類 | 根拠 | 不備があると |
|---|---|---|
| 36協定 | 労働基準法第36条 | 時間外・休日労働の適法な根拠を欠く。届出漏れ・限度超過に注意 |
| 就業規則 | 労働基準法第89条・第90条 | 割増賃金・休日・賃金の根拠が不明確。10人以上は作成届出義務 |
| 労使協定(変形労働時間制など) | 各根拠条文 | 変形制が無効になれば時間外割増が発生 |
36協定で認められる時間外労働の上限は36協定は残業をどこまで認められるかに、就業規則の義務は就業規則は何人から義務かに整理しています。承継後に異なる労働条件をどう一本化するかは承継後の労働条件の統一と就業規則にまとめています。どこまで是正が必要かは、現行規程と運用実態の突き合わせで判断します(未検証)。
四葉社会保険労務士事務所は、何ができますか?
当事務所がお引き受けするのは、事業承継・M&Aの前に、労務の簿外債務になりやすい論点を洗い出し、金額感と是正の道筋を示す労務デューデリジェンスです。
- 未払残業の洗い出し(固定残業代の有効性・名ばかり管理職・労働時間管理の実態と、時効の範囲での概算)
- 社会保険・雇用保険の加入状況の点検と、遡及適用のリスク・対象者の把握
- 業務委託契約の労働者性・偽装請負の論点の整理
- 就業規則・36協定・労使協定の不備の点検と、承継後の是正・労働条件統一の道筋
- 承継スキームごとに、労務リスクが誰に残るかの整理
株式譲渡契約・表明保証・紛争は弁護士、税務DD・事業承継税制は税理士、会社の登記は司法書士の領域です。四葉社会保険労務士事務所は独立した事業体として労務DDと是正を受任し、弁護士・税理士・司法書士とはそれぞれ別々にご契約いただきます。具体的な税務や契約条項の判断には立ち入りません。
ご相談は無料です。費用は報酬額表に、サービス内容とご相談の流れもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 未払残業は何年分までさかのぼって請求されますか?
A. 賃金請求権の消滅時効は本則5年ですが、当分の間は3年とされています(労働基準法第115条・改正法附則)。2020年4月1日以後に支払期日が到来する賃金請求権に適用されます。固定残業代が要件を満たさない、管理監督者の実態がない「名ばかり管理職」がいる、といった場合は未払いが膨らみます。実際の金額は労働時間の記録・賃金規程・対象人数で変わります。
Q. 社会保険の未加入が見つかると、いつまでさかのぼりますか?
A. 保険料の徴収権の時効は2年です(健康保険法・厚生年金保険法)。したがって遡及の範囲は原則として2年が上限です。保険料は労使折半ですが、過去の従業員分を本人から回収するのは難しく、事業主の負担として残りやすいため、承継前に把握しておくことが重要です。
Q. 業務委託の人が労働者だったら承継後に何が起きますか?
A. 実態が指揮命令下の労務提供であれば労働者と判断され、未払賃金・社会保険・年次有給休暇などが生じえます。さらに偽装請負として、労働者派遣法第40条の6の労働契約申込みみなしが問題になりえます。労働者性や偽装請負に当たるかは契約の実態と個別の事情で分かれる法的判断です。
Q. 労務DDは株式譲渡と事業譲渡で見方が変わりますか?
A. 変わります。株式譲渡では会社がそのまま承継するため労務リスクも会社に残り、事業譲渡では承継する範囲を特定します。会社分割や合併でも労働契約の扱いが異なります。どのスキームでも、先に実態を把握して価格交渉と是正計画に反映させる点は共通です。契約の組み立て自体は弁護士の領域です。
この記事の根拠
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)第36条(時間外・休日労働の協定=36協定)・第37条(割増賃金)・第41条第2号(監督若しくは管理の地位にある者=管理監督者)・第89条(就業規則の作成及び届出の義務)・第90条(過半数代表の意見聴取)・第115条(賃金請求権の消滅時効は本則5年、改正法附則により当分の間3年。退職手当は5年。2020年4月1日以後に支払期日が到来する賃金請求権に適用)
- 健康保険法(大正11年法律第70号)・厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)── 適用事業所・被保険者の要件と遡及適用、保険料の徴収権の消滅時効は2年
- 労働者派遣法(昭和60年法律第88号)第40条の6(労働契約の申込みみなし制度。第1項第5号=労働者派遣法等の適用を免れる目的で請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結する偽装請負等の場合)
- 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)・民法・会社法 ── 承継スキーム(株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割)による労働契約の扱いの違い
- 中小企業庁「事業承継ガイドライン」「中小M&Aガイドライン」── 承継前の準備とデューデリジェンスの考え方(2026年10月3日参照)
- 未払残業の概算額、社会保険の遡及の範囲、業務委託の労働者性・偽装請負の該当性、就業規則・36協定の是正の要否は、労働時間の記録・契約の実態・個別の事情によって分かれます。本記事では個別の結論を出していません(未検証)
本記事は一般的な情報提供です。個別のご事情に応じた判断は、面談のうえ資格者が行います。四葉社会保険労務士事務所では、未払残業・社会保険の未加入・偽装請負・就業規則や36協定の不備の洗い出しと、承継後の是正・労働条件統一の道筋についてご相談いただけます。株式譲渡契約・表明保証・紛争は弁護士、税務DD・事業承継税制は税理士、会社の登記は司法書士の領域で、四葉社会保険労務士事務所は独立した事業体として労務DDと是正を受任し、それぞれの資格者と別々にご契約いただきます。よくいただくご質問はよくあるご質問にまとめています。執筆は浦松丈二(社会保険労務士・行政書士・宅地建物取引士)です。
「働き方」から、整理しませんか。
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