借り上げ社宅は、本当に社員のためか——帰任前に知っておく「その不動産屋は誰の依頼で動いているか」
浦松 丈二
四葉不動産株式会社 代表取締役・専任宅地建物取引士(東京)第293544号/行政書士 第25087022号。元毎日新聞中国総局長(記者歴34年)。中国・台湾・タイに駐在し、本帰国を経験。社会保険労務士試験合格(2026年9月開業予定)
プロフィール(士業ドットコム)↗帰任の内示のあと、会社から提示される借り上げ社宅の候補が「高い割に狭い」「選べる数が少ない」と感じたことはありませんか。それは担当者の質の問題というより、仲介する不動産会社の依頼者があなたではなく会社(福利厚生担当)であるという代理構造から説明できます。一方で借り上げ社宅には、国内の収入実績がない帰任者にとって大きな利点もあります。両方を公平に並べたうえで、社宅と住宅手当の見比べ方、会社に確認する7つの問いを、中国・台湾・タイ駐在を経て帰国した宅建士が整理しました。
帰任の内示が出て、会社から借り上げ社宅の候補が送られてくる。開いてみると、家賃の割に狭い。選べる数も少ない。担当者に聞いても「規程の上限内ではこれが精一杯です」と返ってくる——この経験には、構造的な理由があります。その物件を探した不動産会社の依頼者は、あなたではなく会社だからです。
この記事は、帰任が決まった社員本人に向けたものです。住まい探しの段取り・審査・海外からの契約手続きは海外赴任からの本帰国——東京の住まいを、帰国前に決めるに、会社側で制度を設計する立場の方は借り上げ社宅の導入——物件・法人契約と社宅規程の完全ガイドにまとめています。
私自身は、どちらの側にいたのでしょうか?
自分で探す側でした。
私は毎日新聞の記者として中国総局長を務め、中国、台湾、タイに駐在しました。そして帰国のたびに、日本の住まいを苦労して自分で探していました。時差のある中での物件探し、内見に行けないもどかしさ、動かせない帰任日——本帰国の住まい探しの大変さは、当事者として知っています。
一方、周囲の大企業の駐在員は違いました。帰任が決まると、本社から借り上げ社宅の候補がFAXやメールで送られてくる。自分で探し回る必要がない。当時は、正直うらやましく見ていました。
ところが、いま宅地建物取引業者の側からあの候補リストを見直すと、別のものが見えます。あのリストは、社員のために探された物件ではなく、会社の担当者に説明しやすい物件だったのです。 規程の上限に収まっていて、法人契約に慣れた管理会社の物件で、前例のある地域にある。担当者が上長に説明するとき、いちばん通しやすい組み合わせです。
これは、誰かが手を抜いたという話ではありません。次の節で説明するとおり、そうなるのが自然な仕組みなのです。
なぜ、社員のための物件にならないのでしょうか?
不動産の仲介は、依頼を受けた人のために働きます。当たり前のことですが、借り上げ社宅ではこの「依頼を受けた人」が社員ではありません。
| 個人で借りる場合 | 借り上げ社宅の場合 | |
|---|---|---|
| 依頼者(媒介の相手方) | あなた自身 | 会社 |
| 賃貸借契約の借主 | あなた自身 | 会社 |
| あなたの立場 | 契約当事者 | 会社から住まいを使わせてもらう人 |
| 仲介会社が満足させたい相手 | あなた | 会社の担当部署 |
| 次の取引につながる関係 | あなたの紹介・更新 | 会社との継続的な取引 |
いちばん下の行が本質です。仲介会社にとって、1人の帰任者は一度きりの取引ですが、会社との関係は毎年続きます。 来年も再来年も社宅の依頼が来る。とすれば、優先されるのは会社の担当者にとっての扱いやすさになります。手続きが早い、規程に収まる、前例がある、後で問題が起きない——それが「良い物件」の定義になるのです。
あなたにとっての良い物件、たとえば「保育園に近い」「夫婦の通勤の中間点」「多少古くても部屋数が多い」といった条件は、この定義に入っていません。担当者が不誠実なのではなく、評価される軸が違うのです。
私は宅地建物取引業者ですから、この構造は自分の業界の話として書いています。個人のお客様から依頼を受けたときと、法人から継続的に依頼を受けているときで、何を最適化するかは変わります。それが業として自然なことだからこそ、社員の側が構造を知っておく意味があります。
それでも、借り上げ社宅には大きな利点があります
ここで「だから社宅はやめて自分で借りましょう」と書いたら、それは片手落ちです。とくに帰任者にとって、借り上げ社宅には個人契約では得がたい利点があります。
第一に、審査です。 本帰国の直前は、住民票がまだ日本になく、国内での収入実績も示せません。個人契約ではここが最大の関門になります(本帰国の住まい探しで詳述しました)。借り上げ社宅なら、借主は会社です。会社の与信で契約できるため、この壁を丸ごと迂回できます。私が自分で探していた頃にいちばん苦労したのは、まさにこの点でした。
第二に、税務上の扱いです。 会社が借り上げた社宅について、従業員から「賃貸料相当額」の50パーセント以上を受け取っている場合、その社宅の提供は給与として課税されない取り扱いが示されています(国税庁タックスアンサーNo.2597)。賃貸料相当額は実際の家賃ではなく、建物・敷地の固定資産税の課税標準額をもとに計算します。同額を住宅手当として現金でもらうと全額が課税対象の給与になるため、手取りで比べると社宅のほうが有利になることが多いのです。ただし該当性・計算の当てはめは税務の判断であり、税理士の領域です。
第三に、初期費用です。 敷金・礼金・仲介手数料を会社が負担する規程であれば、帰国直後の出費を抑えられます。
つまり、借り上げ社宅の制度そのものが社員に不利なのではありません。制度は合理的で、物件の探され方に偏りがある——切り分けるべきはここです。
社宅と住宅手当は、どう見比べればよいのでしょうか?
会社に選択肢がある場合、金額の大小だけで比べないでください。
| 見る点 | 借り上げ社宅 | 住宅手当(現金支給) |
|---|---|---|
| 税・社会保険 | 一定の条件下で給与課税されない取り扱いがある | 原則として課税対象の給与 |
| 帰任直後の審査 | 会社の与信で契約(社員の審査は原則不要) | 社員個人の審査。国内実績がないと難所になる |
| 物件の選択肢 | 規程の上限・提携先の在庫の範囲に限られやすい | 市場全体から選べる |
| 初期費用 | 規程により会社負担のことがある | 原則として自己負担 |
| 退職・転勤時 | 退去を求められることがある | 住み続けられる |
| 家族の事情の反映 | 反映されにくい | 反映しやすい |
手取りでは社宅、住まいの質では手当——大まかにはこの傾向です。どちらが得かは、家族構成、勤務年数の見通し、譲れない条件の強さによって変わります。
なお、社宅使用料の水準や社宅規程の設計は労務の論点であり、社会保険の現物給与の扱いを含めて社会保険労務士の領域です(四葉社会保険労務士事務所は2026年9月開業予定・現時点では未開業)。給与課税の判断は税理士の領域です。
会社に確認しておく7つのこと
内示が出たら、住宅補助の担当部署に次を聞いてください。多くは規程に書かれていますが、運用でどこまで融通が利くかは聞かないと分かりません。
| 確認すること | 聞き方の例 |
|---|---|
| 1. 上限家賃と、その根拠 | 「上限は地域ごとに設定されていますか。改定はいつですか」 |
| 2. 自分で見つけた物件を持ち込めるか | 「規程の条件を満たす物件を自分で探した場合、社宅として契約してもらえますか」 |
| 3. 提携の不動産会社が指定か | 「提携先以外の仲介会社を通した物件でも可能ですか」 |
| 4. 上限超過分の自己負担 | 「上限を超える部分を自己負担すれば、その物件でも認められますか」 |
| 5. 社宅か手当かを選べるか | 「借り上げ社宅と住宅手当は選択できますか。切り替えの時期は」 |
| 6. 社員の負担割合 | 「社宅使用料は家賃の何割ですか。上限超過分の扱いは」 |
| 7. 退去の条件 | 「転勤・退職時の退去の期限と、原状回復の負担は」 |
とくに2番と4番が効きます。 「持ち込み可」であれば、あなたは自分の依頼で物件を探すことができ、社宅の税務上の利点も維持できます。実際には可能なのに、規程に書いていないため運用として知られていない会社も少なくありません。
聞き方には一言だけ注意があります。制度への批判として持ち出すと話が進みません。「規程の範囲内で、家族の事情に合う物件を探したい」という相談の形にしてください。担当者も、規程に収まる物件が持ち込まれるなら断る理由がないからです。
「自分で探す」を選んだら、何が変わるのでしょうか?
依頼者があなたになります。それだけのことですが、実務では次のように変わります。
- 条件を、家族の言葉で伝えられる:保育園の送り、親の介護、在宅勤務の部屋——規程の項目にない条件が、探す軸になります
- 見送る判断ができる:「この物件はやめましょう」と言える関係になります。会社の担当者への説明のしやすさは、判断材料から外れます
- 交渉の相手が変わる:賃料や条件の交渉を、あなたの利益のために行います
- 正直な情報が出てくる:日当たり、夜道、上下階の生活音。聞かれたことに忖度なく答えるのが、依頼を受けた側の仕事です
四葉不動産株式会社は、個人のご依頼として物件をお探しします。会社の社宅規程の条件(上限家賃・エリア・契約形態)をお預かりし、その範囲に収まる物件を、あなたの条件で探すという進め方が可能です。海外にいらっしゃる間の対応、オンライン内見、帰国前の契約手続きは本帰国の住まい探しのとおりです。
代表の浦松は、中国・台湾・タイの駐在を経て、帰国のたびに自分の住まいを自分で探してきました。時差のある連絡、現地でしか取れない書類、帰任日が動かせない事情——そのどれもが経験として分かります。
誰に相談すればよいのでしょうか?
| 相談したいこと | 窓口 |
|---|---|
| 物件探し、内見、賃貸借契約(宅地建物取引業) | 四葉不動産株式会社 |
| 社宅規程の設計、社宅使用料、現物給与・社会保険の扱い | 社会保険労務士(四葉社会保険労務士事務所は2026年9月開業予定・現時点では未開業) |
| 給与課税・賃貸料相当額の判断(税務代理・税務相談は税理士の独占業務) | 税理士 |
| 海外で作成された書類の日本語訳、認証手続き | 行政書士(四葉行政書士事務所/別契約) |
| 会社との労働条件をめぐる紛争 | 弁護士 |
四葉不動産株式会社・四葉行政書士事務所・四葉社会保険労務士事務所(2026年9月開業予定)は、それぞれ独立した事業体として業務を受任し、当社が紹介料を受け取ることはありません。
よくある質問
Q. 会社の提携不動産会社に不満があります。担当を替えてもらえますか。
担当者個人の問題とは限らないことは、この記事で書いたとおりです。まず「自分で見つけた物件を社宅として契約できるか」を確認してください。それが可能なら、担当を替えるより確実です。
Q. 上限家賃を超える物件に住みたい場合はどうなりますか。
超過分を自己負担すれば認める規程の会社があります。ただし、その場合の税務上の扱い(賃貸料相当額との関係)は会社の経理・顧問税理士の確認事項になります。会社に確認してください。
Q. 社宅を断って住宅手当にしたほうが得ですか。
手取りだけを見れば、給与課税されない取り扱いがある分、社宅が有利になることが多いといえます。ただし物件の自由度は手当のほうが高くなります。ご家族の事情によって答えが変わるため、一般論として断定はできません。
Q. 帰国前に、日本の物件を自分で契約できますか。
進められる場合があります。住民票がなく国内の収入実績も示せない状態での審査は、貸主と保証会社によって取り扱いが異なります。何を求められるかは事前に分かるので、先に整理しておくと往復が減ります。詳しくは本帰国の住まい探しをご覧ください。
この記事の根拠
- 国税庁タックスアンサー No.2597「使用人に社宅や寮などを貸したとき」——使用人から1か月当たり一定額の家賃(賃貸料相当額の50パーセント以上)を受け取っていれば、給与として課税されない。賃貸料相当額は建物・敷地の固定資産税の課税標準額等をもとに計算する
- 転貸の承諾——会社が借りた物件に従業員を住まわせる形は転貸に当たり得る。賃借権の無断譲渡・無断転貸は解除の理由になり得る(民法第612条)
- 現物給与の価額——社宅を無償または低廉で提供した場合、その利益が社会保険の標準報酬月額の算定に算入されることがある。住宅の価額は厚生労働大臣が定める現物給与の価額(都道府県ごと)による
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務・労務の判断を行うものではありません。給与課税の判断は税理士、社宅規程・現物給与の取り扱いは社会保険労務士の領域です。社宅規程の内容は会社ごとに異なりますので、適用は必ず勤務先にご確認ください。
※本記事は特定の不動産会社・管理会社の業務姿勢を論評するものではなく、依頼関係の構造から生じる一般的な傾向を整理したものです。筆者の駐在・帰国は新聞社勤務時代の経験であり、借り上げ社宅の候補リストの記述は、同時期の大企業駐在員の実例の見聞に基づきます。
