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2026.08.11離日・売却

入居者がいるまま売ると、敷金はどうなるのか?——オーナーチェンジで引き継がれるもの

浦松 丈二

浦松 丈二

四葉不動産株式会社代表取締役・宅建士・行政書士

プロフィール(士業ドットコム)↗

入居者がいるまま賃貸物件を売っても、敷金の返還義務は法律上、当然に買主へ移ります。民法第605条の2第4項が、賃貸人たる地位が移転したときは敷金の返還に係る債務を譲受人が承継すると定めているためです。入居者の承諾も要りません。ただし、それを賃借人に対して主張できるのは所有権の移転登記をしてからで、敷金相当額のお金を売主から買主へどう渡すかを定めた条文はありません。代金から控除するか、別に送金するかは、当事者の契約で決めます。この記事では、賃貸中の物件を売るときに自動的に移るものと、契約で決めなければならないものを、条文に沿って分けて整理します。出国を控えて貸していた物件を手放す方と、海外にお住まいのオーナーの方に向けた記事です。四葉不動産株式会社は文京区小日向、茗荷谷駅から徒歩5分です。

入居者がいるまま売っても、敷金の返還義務は、法律上、当然に買主へ移ります。ただし、それを賃借人に対して主張できるのは所有権の移転登記をしてからで、敷金相当額のお金を売主から買主へどう渡すかは、法律ではなく契約で決めます。

この記事は、貸していた物件を売る側のためのものです。海外にお住まいのまま貸し続ける場合は海外オーナー向け(貸す)、借りている側の読み方は賃貸借契約書のどこを読むかにあります。ここでは、何が自動的に移り、何を契約で決めるのかを分けていきます。

入居者がいるまま売ることは、できるのですか?

できます。入居者に退去してもらってから、という順番は要りません。

民法第605条の2第1項は、「前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する」と定めています。大家としての立場そのものが買主に移ります。

「対抗要件」の備え方は、物件の種類で違います。

物件対抗要件根拠
建物建物の引渡しがあったとき(登記がなくてもよい)借地借家法第31条
不動産一般賃借権を登記したとき民法第605条

実務で効いてくるのは借地借家法第31条です。同条は「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる」と定めています。入居者が現に住んでいれば、買主は「買ったから出ていってくれ」とは言えません。オーナーチェンジは、この条文の上に成り立つ取引です。

なお民法第605条の2第2項は、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨と、譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは移転しない、と定めています。ただし売主が賃貸人であり続ける形なので、管理の手を離したい方の目的とは逆になります。

入居者の承諾は要るのですか?

要りません。

民法第605条の3は、「不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる」と定めています。「承諾を要しないで」と条文にあります。

話がまとまったあとで入居者に反対されて振り出しに戻る、ということは起きません。出国の期限がある方には、ここが大きい。ただし契約書に特約が置かれていることがあり、その効力は文言を読まないと分かりません。

敷金は、誰が返すことになるのですか?

買主です。特約を置かなくても、そうなります。

民法第605条の2第4項は、賃貸人たる地位が移転したときは「第六百八条の規定による費用の償還に係る債務」及び「第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務」は「譲受人又はその承継人が承継する」と定めています。

買主に移るのは、敷金の返還に係る債務(民法第622条の2第1項の敷金)と、費用の償還に係る債務(民法第608条)です。

「敷金」かどうかは名前で決まりません。民法第622条の2第1項は、いかなる名目によるかを問わず、賃貸借に基づいて生ずる賃借人の債務を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭を敷金と定義しています。契約書に「保証金」とあっても、この性質を持つお金なら敷金として扱われます。

また民法第605条の3の後段は、民法第605条の2第3項及び第4項を準用しています。承諾なしに地位を移した場合も、敷金の扱いは同じです。

敷金のお金そのものは、どうやって渡すのですか?

ここが実務の山場です。

**譲渡人と譲受人の間で敷金相当額をどう精算するかを定めた条文は、民法にありません。**買主が入居者に返還義務を負うことは条文で決まっていますが、その原資を売主が買主にどう渡すかは、当事者の契約で決めます。

方法内容見ておく点
売買代金から控除する敷金相当額を代金から差し引いて決済する決済の場で現金が動かない。精算書に内訳を書く
送金・現金で引き渡す代金は満額で受け取り、別に敷金相当額を買主へ渡す着金の確認が要る。海外送金は日数と手数料がかかる

どちらでも、返還義務が買主にあるという結論は変わりません。変わるのは売主と買主の間のお金の動き方だけです。ここを決めないまま決済日を迎えると、その場で止まります。

金額そのものが動いていることもあります。売買の前に、賃貸借契約書(敷金・保証金の額、償却・敷引きの特約)、更新契約書・覚書(額の変動)、入金と充当の記録(滞納賃料への充当)を突き合わせます。

いつから買主が「大家さん」になるのですか?

所有権の移転の登記をしたときからです。

民法第605条の2第3項は、賃貸人たる地位の移転は「賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない」と定めています。売主と買主が合意していても、登記をしていなければ賃借人に主張できません。

場面いつか
売主と買主の間で地位が移る売買契約の定めによる
賃借人に主張できる所有権の移転の登記をしたとき(民法第605条の2第3項)

登記の申請は司法書士の業務です。司法書士におつなぎしますが、ご本人と直接ご契約いただきます。当社が紹介料を受け取ることはありません。

賃借人に通知は要るのですか?

法律上の要件ではありません。

**民法第605条の2にも、民法第605条の3にも、「賃借人への通知」を要件とする文言はありません。**条文が対抗要件としているのは所有権の移転の登記だけです(民法第605条の2第3項)。

それでも実務では、賃貸人が変わったことを書面でお知らせします。理由は法律ではなく、賃料の振込先を変えていただく必要があるからです。

お知らせに書く事項理由
賃貸人が変わったことと、その日賃料の支払先が変わるため
新しい賃料の振込先旧口座への入金を避けるため
敷金を新賃貸人が引き継いだこと返還請求先を示すため
設備の不具合等の連絡先入居者が困らないため

賃借人が旧賃貸人に賃料を払ってしまった場合の扱いは、判例を確認していません(未検証)。

その月の家賃は、どちらのものですか?

日割りで分ける、というのが民法の考え方です。誤って説明されやすい点なので、条文を挙げます。

論点条文内容
賃料は法定果実か民法第88条第2項物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする
分け方民法第89条第2項法定果実は、これを収取する権利の存続期間に応じて、日割計算によりこれを取得する
いつ払うものか民法第614条建物及び宅地については毎月末に支払う

つまり、賃料の日割りには民法に定めがあります。「法律に決まりがないので慣習で決める」という説明は、賃料については当たりません。

ただし当事者の合意で変えられる規定です。実際の契約書は前払いが多く、その場合は売主が受け取り済みの賃料のうち引渡し後の期間に対応する分を買主に渡す精算になります。売買契約書と精算書に、どの日を境にするのかを書いておきます。

退去のときの原状回復は、誰の責任になるのですか?

入居者が負うのは、通常の使用でついた傷みを除いた部分です。

民法第621条は、賃借人が原状に復する義務を負う「損傷」から、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除いています。賃借人の責めに帰することができない事由によるものも除かれます。

区分原状回復義務に含まれるか
通常の使用及び収益によって生じた損耗含まれない
経年変化含まれない
賃借人の責めに帰することができない損傷含まれない
上記以外の損傷含まれる

この線引きをして敷金から差し引くかを判断するのは、そのときの賃貸人、つまり買主です。だからこそ、入居時の状態を記録した資料(チェックリスト、写真、立会いの記録)を買主に引き継ぐ意味があります。資料がないと、買主は入居前からあった傷かを確かめられません。

出国が決まっている場合、何から手をつけるのですか?

書類を集めるところからです。海外に出てから国内の書類を取り寄せると、時間がかかります。

集めるもの見るところ
賃貸借契約書の原本賃料、共益費、敷金の額、期間、特約
更新契約書・覚書条件が変わっていないか
賃料の入金記録滞納の有無、直近の入金日
保証会社・連帯保証人の書類売買後の扱い
入居時の状態の記録原状回復の判断材料
管理委託契約書解約の予告期間
管理規約・総会資料(区分所有)管理費・修繕積立金、修繕の予定

そのうえで、貸したまま売るか退去を待つか、引渡しの希望日、敷金相当額を代金控除にするか送金にするか、出国後の手続きを誰に委任するかを決めます。

引渡しの日が基準になる理由は非居住者の判定は引渡しの日、出国後の段取りは出国後に売る・今やること、流れ全体は海外所有者の売却ガイドにまとめています。

税金の計算と申告は税理士の業務です。税理士におつなぎしますが、ご本人と直接ご契約いただく形になります。当社が紹介料を受け取ることはありません。

この記事は一般的な情報提供です。契約書の特約や物件の事情によって結論は変わります。個別の判断は、書類を確認したうえで有資格者が行います。

この記事の根拠

法令条・項内容施行日・最終改正
民法第88条第2項法定果実の定義2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第89条第2項法定果実の日割計算2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条賃借権の登記による対抗2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条の2第1項賃貸人たる地位の移転2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条の2第2項譲渡人への地位の留保2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条の2第3項対抗要件は所有権移転登記2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条の2第4項敷金返還・費用償還債務の承継2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第605条の3承諾を要しない地位の移転2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第608条賃借人による費用の償還請求2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第614条賃料の支払時期2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第621条原状回復義務(通常損耗等を除く)2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
民法第622条の2第1項敷金の定義と返還義務2026年6月24日施行(最終改正 令和8年法律第45号)
借地借家法第31条引渡しによる建物賃貸借の対抗力2026年5月21日施行(最終改正 令和4年法律第48号)

各条文の施行日・最終改正は公開前に確認して埋めます。賃貸人たる地位の移転に債権譲渡の通知の規定が及ぶか、旧賃貸人へ支払われた賃料の扱いは、判例を確認していません。

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この記事は、四葉不動産株式会社代表取締役・宅地建物取引士・行政書士の浦松丈二が書いています。毎日新聞で記者歴34年、中国総局長として中国や台湾、タイに駐在しました。文京区小日向、茗荷谷駅から徒歩5分です。

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