相続した家が借地だった──地主の承諾がいる場面・いらない場面と、売るときの順番
相続で借地上の建物を引き継ぐこと自体に、地主の承諾は要りません。承諾が要るのは売るときです。旧法と新法の分かれ目、建物の登記が対抗力の土台になること、売る前に集める書類まで、東京都文京区の宅地建物取引士兼行政書士が条文から整理します。
結論(先に要点):相続で借地上の建物を引き継ぐこと自体に、地主の承諾は要りません(民法第896条=包括承継)。承諾が要るのは、その建物を第三者に売るときです(民法第612条第1項)。地主が承諾しないときは、裁判所に承諾に代わる許可を求める道があります(借地借家法第19条第1項)。
亡くなった親の家を片づけていて、書類の束から「土地賃貸借契約書」が出てくる。建物は親のものだが、土地は借りていた——借地です。相続の場面で、最も説明が足りていない論点のひとつだと感じています。本記事は、借地上の建物を相続した方と、これから売ることを考えている方に向けて、承諾が要る場面と要らない場面、そして進める順番を整理したものです。
相続で借地を引き継ぐのに、地主の承諾は要りますか?
要りません。
民法(明治29年法律第89号)第896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。借地権——土地の賃借権——も、この「一切の権利義務」に含まれます。相続は当事者の意思による移転(譲渡)ではなく、法律による包括承継だからです。
したがって、相続そのものを理由に承諾料を求める根拠は、条文からは出てきません。もっとも、地主に名義が変わったことを伝えるのは別の話です。地代の請求先も、更新の相手方も、これから変わります。相続登記を終えたら、書面で通知しておくのが実務です。
では、承諾が要るのはどの場面ですか?
売るとき、そして契約に定めがあれば建て替えるときです。
民法第612条第1項は「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない」と定めます。同条第2項は、違反して第三者に使用収益させたときは賃貸人が契約を解除できるとしています。
借地上の建物を売れば、その建物を使うために土地の賃借権も一緒に移ります。建物の売買は、土地の賃借権の譲渡を伴うということです。ここに第612条が効きます。
| 場面 | 地主の承諾 | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続で引き継ぐ | 不要 | 民法第896条(包括承継) |
| 第三者に売る(建物+借地権) | 必要 | 民法第612条第1項 |
| 建物を賃貸に出す(借地権の転貸ではない) | 契約による | 借地契約の条項を確認する |
| 建て替え・増改築 | 契約による | 借地契約の条項を確認する |
建て替えや増改築については、法律が一律に承諾を要求しているわけではなく、借地契約の条項で定められていることが多いところです。契約書の該当条項を先に読んでください。
地主が承諾してくれないときは、どうなりますか?
裁判所に、承諾に代わる許可を申し立てる道があります。
借地借家法(平成3年法律第90号)第19条第1項は、こう定めています。「借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が賃借権を取得し、又は転借をしても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、裁判所は、借地権者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる」。
同項は続けて、「当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる」としています。実務で「承諾料」と呼ばれるものは、この財産上の給付として裁判所が定めることがあるものです。
この申立て(借地非訟)は裁判所の手続です。 認められるかどうか、給付の額がいくらになるかは、事案ごとに裁判所が判断します。当社は可否も金額も判断しません。弁護士へ直接ご依頼いただく形をご案内します。
買う側から見た条文もあります。借地借家法第14条は、第三者が借地上の建物を取得したのに借地権設定者が譲渡・転貸を承諾しないとき、その第三者は建物等を時価で買い取るべきことを請求できると定めています。買主にとっての出口です。
その借地には、新しい法律と古い法律のどちらが効きますか?
借地借家法は、旧借地法(大正10年法律第49号)などを廃止して作られた法律です(同法附則第2条)。附則第4条は「この法律の規定は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行前に生じた事項にも適用する」としています。原則は新法です。
ところが、附則には「特別の定め」があります。
| 論点 | 施行前に設定された借地権の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 契約の更新 | なお従前の例による(=旧借地法) | 附則第6条 |
| 建物の朽廃による消滅 | なお従前の例による | 附則第5条 |
| 建物の滅失後の再築による期間の延長 | なお従前の例による | 附則第7条第1項 |
つまり、更新のルールは、古い借地ほど旧法が効く。ここが「うちの借地は旧法か新法か」という問いの正体です。存続期間そのものは、借地借家法第3条が「三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする」と定めています。更新については同法第5条第1項が、建物がある場合に限り、借地権者の更新請求で従前の契約と同一の条件で更新したものとみなす(借地権設定者が遅滞なく異議を述べたときを除く)としています。
判断の分かれ目は借地権が設定された日です。契約書の日付を先に見てください。借地借家法の公布は1991年(平成3年)10月4日、施行日は附則第1条により「公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日」とされています(具体的な施行日の扱いは本記事末尾の注をご覧ください)。
なお、更新のない類型もあります。借地借家法第22条の定期借地権(存続期間50年以上。特約は公正証書による等の書面または電磁的記録で行う)と、第23条の事業用定期借地権等(専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし、存続期間30年以上50年未満など)です。この類型を相続した場合、期間が満了すれば終わります。 契約書に「定期借地権」「更新がない」と書かれていないかを確認してください。
借地権は、登記されていないことが多いのですか?
はい。そして、登記がなくても守られます。
借地借家法第10条第1項は「借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる」と定めています。土地の賃借権そのものではなく、建物の登記が対抗力の土台になっているということです。
ここから、相続の順番が決まります。建物の登記名義が亡くなった方のままだと、その土台が揺らぎます。 まず建物の相続登記を済ませる。それが売却の前提です。
相続登記は義務でもあります。不動産登記法(平成16年法律第123号)第76条の2第1項は、相続により所有権を取得した者は「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に」所有権の移転の登記を申請しなければならないと定めています。登記の申請そのものは司法書士の業務です。
義務化と売却の順序は「相続登記をしないまま実家は売れますか」に、権利証が見つからない場合の進め方は「権利証が見つからない。それでも売れるのか?」に書きました。
売る前に、何を集めればよいですか?
| 集めるもの | どこから | なぜ要るか |
|---|---|---|
| 土地賃貸借契約書(借地契約書) | 自宅・貸金庫・地主 | 設定日・期間・更新・増改築・譲渡の条項を読む |
| 建物の登記事項証明書 | 法務局 | 名義人と登記の有無を確認する |
| 土地の登記事項証明書・公図 | 法務局 | 地主の名義と範囲を確認する |
| 地代の支払い記録 | 通帳・領収書 | 滞納の有無と現在の地代を確認する |
| 更新料・承諾料の授受の記録 | 通帳・領収書・覚書 | 過去の取り扱いが交渉の前提になる |
| 建築時の書類(確認済証・検査済証) | 自宅・特定行政庁 | 建物の遵法性と再建築の可否に関わる |
契約書が見つからないことは珍しくありません。その場合でも、地代の支払い記録と建物の登記から手がかりをたどれることがあります。「無い」と決める前に、通帳を見てください。
賃貸中のアパートが借地上にある場合は、借地の論点と入居者の承継の論点が重なります。入居者側の整理は「賃貸アパートを相続したら」を、売るか残すかの考え方は「相続した実家は、売るべきか残すべきか」をご覧ください。相続した不動産の全体像は相続した不動産のご相談にまとめています。
誰に相談すればよいですか?
借地上の建物の売却について、物件の調査、価格の考え方、買主との条件調整、媒介と契約は、四葉不動産株式会社(宅地建物取引業 東京都知事(1)第113304号)が承ります。遺産分割協議書など、権利義務に関する書類・官公署に提出する書類の作成は、四葉行政書士事務所が承ります。
この2つはそれぞれ独立した事業体です。それぞれ直接ご契約いただきます。 当社・当事務所は、紹介料・送客手数料を受け取ることも支払うこともありません。
建物の相続登記は司法書士、借地権の相続税評価と申告は税理士、地主との交渉が紛争になったときや借地非訟の申立ては弁護士へ、それぞれ直接ご依頼いただく形をご案内します。相談は無料です。
よくある質問
Q. 相続したことを地主に伝えたら、承諾料を請求されました。払う義務はありますか?
A. 相続は民法第896条による包括承継で、民法第612条第1項の「譲渡」ではありません。相続そのものを理由とする承諾料について、条文上の根拠は見当たりません。ただし個別の契約に別段の定めがある場合や、名義書換料の取り扱いについて合意がある場合は事情が異なります。契約書を確認したうえで、支払義務の有無は弁護士にご相談ください。
Q. 地主に「更新しない」と言われました。建物はどうなりますか?
A. 借地借家法第13条第1項は、存続期間が満了して契約の更新がないとき、借地権者は借地権設定者に対し建物等を時価で買い取るべきことを請求できると定めています(建物買取請求権)。ただし施行前に設定された借地権では、更新について附則第6条により従前の例によるとされる部分があります。契約書の設定日を確認したうえで、弁護士にご相談ください。
Q. 借地権付きの建物は、いくらで売れますか?
A. 借地権の価格は、地代の水準、残りの期間、更新や増改築の条件、地主の承諾の見込み、建物の状態によって変わります。同じ地域でも一律ではありません。当社は査定額を先に置くのではなく、契約書と地代の記録を読んでから条件を組み立てます。売却の手取りの比べ方は「買取と仲介、手取りはいくら違うのか」をご覧ください。
Q. 地主から「底地を買わないか」と言われました。
A. 借地権者が底地(借地権の付いた土地の所有権)を買えば借地関係は解消し、完全な所有権になります。売却の選択肢は広がる一方、資金が要ります。逆に借地権を地主に売る、地主と第三者へ同時に売る、といった組み方もあります。どれが有利かは条件次第で、当社は一般的な選択肢と論点をお示しします。 税務上の扱いは税理士にご確認ください。
Q. 相続人が複数います。建物は共有のまま売れますか?
A. 共有のままでも、共有者全員が売主となれば売却できます。ただし全員の意思確認と押印、印鑑証明書が必要です。海外にお住まいの相続人がいる場合は、署名証明などの取得に時間がかかります。遺産分割で単独名義にしてから売るか、共有のまま売るかは、期限と人数から逆算して決める論点です。
この記事の出典(一次情報)
- e-Gov法令検索「民法」(明治29年法律第89号。第612条第1項・第2項=賃借権の譲渡及び転貸の制限、第896条=相続の一般的効力。現行条文は令和8年法律第45号による改正・2026年6月24日施行。2026年8月22日参照)
- e-Gov法令検索「借地借家法」(平成3年法律第90号。第3条=存続期間、第5条第1項=更新請求、第10条第1項=借地権の対抗力、第13条第1項=建物買取請求権、第14条=第三者の建物買取請求権、第19条第1項=土地の賃借権の譲渡又は転貸の許可、第22条=定期借地権、第23条=事業用定期借地権等、附則第2条・第4条・第5条・第6条・第7条第1項。公布=1991年10月4日。現行条文は令和4年法律第48号による改正・2026年5月21日施行。2026年8月22日参照)
- e-Gov法令検索「不動産登記法」(平成16年法律第123号。第76条の2第1項=相続等による所有権の移転の登記の申請・3年以内。現行条文は令和8年法律第46号による改正・2026年6月24日施行。2026年8月22日参照)
- 法務省「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)の改正等」(相続登記の申請義務化=令和6年4月1日施行。2026年8月22日参照)
※借地借家法の施行日(一般に1992年〈平成4年〉8月1日と説明されます)は、施行期日を定めた政令をe-Gov法令検索で確認できなかったため、本記事では【未検証】として扱い、日付を断定していません。旧法と新法のどちらの規律によるかは、借地契約書に記載された設定日とあわせてご確認ください。
※承諾料・更新料の水準、借地権と底地の価格の割合については、一次資料で確認できる一律の基準がないため、本記事では金額を書いていません。
※借地非訟(借地借家法第19条の申立て)は裁判所の手続であり、許可の可否および財産上の給付の額は裁判所が判断します。本記事は個別の事案について可否を判断していません。
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の法的判断を示すものではありません。建物の相続登記は司法書士、相続税・譲渡所得の申告は税理士、地主との紛争および借地非訟は弁護士が行います。
※不動産の調査・媒介および売買契約は四葉不動産株式会社(宅地建物取引業)が、遺産分割協議書等の書類の作成は四葉行政書士事務所が、それぞれ独立した事業体として別々にご契約いただく形で受任します。紹介料・送客手数料のやりとりはありません。
この記事の執筆者
浦松 丈二(うらまつ・じょうじ)——宅地建物取引士(東京都知事登録 第293544号)・行政書士(登録番号 第25087022号)。四葉不動産株式会社 代表取締役(宅地建物取引業 東京都知事(1)第113304号)/四葉行政書士事務所 代表。東京都文京区小日向・茗荷谷駅徒歩約5分。相続した不動産について、契約書と登記と期限を同じテーブルに並べて確認します。詳しい経歴は著者ページをご覧ください。
「これ、どうしたらいい?」の一言からで大丈夫です。
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