委任状を渡して帰国するなら、何をどう書けばいいのか? —— 白紙委任と限定委任
委任状は、あなたが言ったことになる紙です。代理人が権限内で本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に直接その効力を生じます(民法第99条第1項)。範囲を書かずに渡すと、代理人が権限外の行為をしても、相手方に「代理権があると信ずべき正当な理由」があれば本人が責任を負うことがあります(第110条)。だから限定して書きます。委任事項の特定、買主、売買代金の下限、代金の振込先、復代理の禁止(第104条)、有効期限、作成日。委任はいつでも解除できますが(第651条第1項)、解除しただけでは足りません。代理権の消滅を知らない相手方には、なお責任を負うことがあるためです(第112条)。委任状の回収と相手方への通知まで含めて考えます。文京区小日向・茗荷谷駅徒歩5分。
まず、渡さずに済む方法を先に検討してください。どうしても必要なら、委任事項・買主・価格の下限・代金の振込先・有効期限を特定し、復代理を禁じます。白紙のまま渡すと、範囲外の行為でも本人が責任を負うことがあります(民法第110条)。
このページは、委任状に何をどう書くかだけを扱います。そもそも第三者に任せることの危うさと、実際に起きたトラブルの型は出国前の不動産売却の特集の第1部にまとめました。先にそちらをお読みください。
最終更新:2026年9月22日
委任状とは、法律上どういう紙なのか?
「あなたが言ったこと」になる紙です。
民法第99条第1項は、こう定めています。
代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
代理人が売買契約書に署名すれば、契約したのはあなたです。あとから「私はそんな金額に同意していない」と言っても、代理人が権限の範囲内で結んだ契約であれば、それはあなたの契約です。
委任そのものは、法律行為を相手に委託し、相手が承諾することで成立します(第643条)。委任状は、その代理権があることを外に示すための書面です。だから、そこに書いてあることがそのまま「あなたが与えた権限」として読まれます。
「白紙委任状」は、なぜそれほど危ないのか?
書いていない部分が、あなたに不利に働くからです。
危険は2段構えです。
① 権限の範囲内なら、そのまま効く
「不動産に関する一切の件を委任する」と書けば、その範囲は広く読めます。売る、価格を決める、代金を受け取る——全部が権限内になり得ます。第99条第1項により、それはあなたの行為です。
② 権限の範囲外でも、効いてしまうことがある
こちらが本題です。民法第110条は、こう定めています。
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
つまり、あなたが与えていない権限で行われた行為でも、取引の相手方が「権限がある」と信じるだけの正当な理由があれば、あなたが責任を負います。 これを権限外の行為の表見代理といいます。
そして、範囲を書いていない委任状は、その「正当な理由」の材料になります。 実印が押され、印鑑登録証明書が添えられ、権利証まで揃っている——相手方から見れば、疑う理由がありません。
特集の第1部ケース1に「委任状が本物である以上、売買そのものを覆すのは容易ではありません」と書いたのは、この構造のことです。
なお、代理権を与えていないのに「与えた」と表示した場合にも、同じような責任が生じます(第109条第1項。相手方が悪意または有過失のときを除く)。「名前だけ貸した」も、危険は同じです。
では、限定委任状には何を書くのか?
「できること」を書くのではなく、「これしかできない」と書きます。
| 項目 | 書き方の例 | 書かないとどうなるか |
|---|---|---|
| 委任事項の特定 | 「後記表示の不動産について、売買契約を締結すること、および決済に立ち会うこと」 | 「不動産に関する一切の件」だと範囲が広く読まれ、第110条の争いを招きます |
| 物件の特定 | 所在・地番・家屋番号まで登記事項証明書どおりに書く | 他の所有物件まで対象と読まれる余地が残ります |
| 買主の特定 | 「買主を◯◯株式会社とする売買契約」 | 誰に売られても文句が言えません |
| 売買代金の下限 | 「売買代金は金◯◯円以上とする」 | いくらで売られても権限内になり得ます |
| 代金の受領権限 | 「売買代金は委任者名義の◯◯銀行◯◯支店 普通預金◯◯◯◯◯◯◯へ振込送金する方法により支払うものとし、受任者は売買代金を受領する権限を有しない」 | **受任者が代金を受け取れてしまいます。**特集の第1部ケース1・ケース3は、ここが空いていた事例です |
| 復代理の禁止 | 「受任者は、復代理人を選任することができない」 | 後述(次の見出し) |
| 有効期限 | 「本委任状は令和◯年◯月◯日限りその効力を失う」 | いつまでも生き続けます |
| 作成年月日 | 空欄にしない | 日付の空欄は、白紙委任状の一種です |
| 委任者の署名 | 記名押印ではなく署名+実印。印鑑登録証明書を添える場合は通数と交付日を確認 | ― |
空欄を作らないこと。 これが一つの原則です。空欄は、あとから誰かが書き足せる場所です。
復代理と有効期限は、なぜ必要なのか?
復代理
民法第104条は、こう定めています。
委任による代理人は、本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復代理人を選任することができない。
原則として、頼んだ相手が勝手に別の誰かへ又委任することはできません。ただし「やむを得ない事由」という逃げ道があります。 帰国してしまって連絡がつかない状況では、この「やむを得ない事由」が主張されやすくなります。だから明文で禁じておきます。
有効期限
代理権は、次の事由で消滅します(第111条第1項)。
| 消滅事由 |
|---|
| 本人の死亡 |
| 代理人の死亡、代理人が破産手続開始の決定または後見開始の審判を受けたこと |
委任による代理権は、これに加えて委任の終了によって消滅します(同条第2項)。そして委任は、委任者または受任者の死亡、破産手続開始の決定、受任者が後見開始の審判を受けたことで終了します(第653条)。
しかし、これらはいずれも「起きたら終わる」事由であって、期限ではありません。 期限は自分で書く必要があります。売却が終われば用済みの委任状が、5年後も有効なまま相手の手元にある——これを防ぐのが有効期限です。
気が変わったら、取り消せるのか?
解除自体は、いつでもできます。 民法第651条第1項は「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる」と定めています(相手方に不利な時期の解除などでは損害賠償の問題が生じることがあります。同条第2項)。
問題は、解除しただけでは足りないことです。
民法第112条第1項は、こう定めています。
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。(第三者が過失によってその事実を知らなかったときを除く)
解除したことを知らない相手方には、なお責任を負う可能性がある、ということです。ですから、解除するときは次の3つをセットで行います。
| # | やること |
|---|---|
| 1 | 受任者へ解除の意思表示(記録に残る方法で。内容証明郵便など) |
| 2 | 委任状の原本を回収する(回収できない場合は、その事実も記録に残す) |
| 3 | 取引の相手方になり得る先へ、代理権が消滅した旨を通知する |
有効期限を書いておく意味は、ここにもあります。期限を過ぎた委任状は、それ自体が「もう権限がない」ことを示す書面になります。
出国後に委任状が必要になったら、どうするのか?
出国して住民登録を抜くと、印鑑登録証明書が取れなくなります。 代わりに、居住国の日本大使館・領事館で署名証明を取得します。予約と出向が必要で、時間がかかります。
在留証明・署名証明の要否と様式は、国・地域と手続の種類(売買か登記か)によって異なります。 登記に関する部分は司法書士の業務ですので、必要書類は個別に確認します。
出国後の売却全体の流れは海外オーナーのための日本不動産売却ガイドに、税務の窓口については納税管理人に資格は要るのか、会社でもなれるのかにまとめています。
そもそも、渡さずに済ませられないのか?
多くの場合、済ませられます。 そして、それが最善です。
| 代わりの方法 | 内容 |
|---|---|
| 出国前に決済まで終える | ご本人が日本にいる間に決済を済ませれば、委任状は不要です。当社が「出国5営業日前までの決済」を目標に逆算するのは、このためです |
| 決済だけオンラインで出席する | 契約は電子契約、決済は司法書士の面前確認をオンラインで、という形が取れる場合があります(要件は個別に確認します) |
| 売らずに貸す | 期限に追われて安く売るより、貸して持ち続けるほうが結果がよいことがあります |
| 出国後の通常売却に切り替える | 源泉徴収10.21%と署名証明の手間は増えますが、委任状を人に預けるよりは安全です |
委任状は、ほかに方法がないときの最後の手段です。「早いから」「手間がないから」で選ぶものではありません。
誰が書類を作るのか?
役割を分けて書きます。
| 誰が | 何を |
|---|---|
| 四葉行政書士事務所 | 委任状(権利義務に関する書類)の作成。四葉不動産株式会社とは別の契約としてお受けします |
| 司法書士(ご本人と直接契約) | 登記申請に関する委任状、所有権移転登記の申請 |
| 四葉不動産株式会社 | 売却の媒介。出国日から逆算した段取り。そもそも委任状を使わずに済む進め方の設計 |
| 弁護士(ご本人と直接契約) | すでにトラブルになっている場合の交渉・訴訟 |
それぞれ独立した事業体・独立した契約として受任します。 司法書士・弁護士・税理士とは、ご本人が直接ご契約いただく形をご案内し、当社が紹介料を受け取ることはありません。
当社が対応できないこと: 登記申請の代理(司法書士へ)、紛争性のある案件の代理交渉(弁護士へ)、税額の計算と申告書の作成(税理士へ)。
すでに白紙委任状を渡してしまった、連絡が取れない——という状況であれば、それは弁護士にご相談いただく場面です。 早いほど選べる手が多く残ります。
この記事の根拠
| 内容 | 根拠 |
|---|---|
| 代理行為の要件および効果(権限内で本人のためにすることを示した意思表示は、本人に直接効力を生ずる) | 民法(明治29年法律第89号)第99条第1項 |
| 任意代理人による復代理人の選任(本人の許諾またはやむを得ない事由が必要) | 民法第104条 |
| 代理権授与の表示による表見代理等 | 民法第109条第1項・第2項(第2項は2017年改正で追加) |
| 権限外の行為の表見代理(第三者に権限があると信ずべき正当な理由があるとき) | 民法第110条 |
| 代理権の消滅事由(本人の死亡、代理人の死亡・破産手続開始の決定・後見開始の審判/委任による代理権は委任の終了によっても消滅) | 民法第111条第1項・第2項 |
| 代理権消滅後の表見代理(消滅の事実を知らなかった第三者に対する責任) | 民法第112条第1項 |
| 無権代理(本人が追認しなければ本人に効力を生じない) | 民法第113条第1項 |
| 無権代理人の責任(履行または損害賠償) | 民法第117条第1項 |
| 委任の成立 | 民法第643条 |
| 委任の解除(各当事者がいつでも解除できる/不利な時期の解除等における損害賠償) | 民法第651条第1項・第2項 |
| 委任の終了事由(死亡、破産手続開始の決定、受任者の後見開始の審判) | 民法第653条 |
| 無免許での宅地建物取引業の禁止 | 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)第3条・第12条 |
| 非居住者から不動産を購入する際の源泉徴収(10.21%) | 所得税法第161条第1項第5号・第212条第1項/国税庁 タックスアンサー No.2879 |
本ページは一般的な情報提供です。記載例はあくまで一般的なひな形の考え方であり、個別の事案でそのまま使えることを保証するものではありません。 実際の委任状は、物件と取引の内容に合わせて作成し、資格者の確認を経てください。個別の法的判断は資格者が行います。
不動産の媒介は四葉不動産株式会社(宅地建物取引業 東京都知事(1)第113304号)が、権利義務に関する書類の作成は四葉行政書士事務所(登録番号 第25087022号)が、それぞれ別の契約としてお受けします。登記は司法書士、紛争は弁護士、税務は税理士におつなぎし、それぞれご本人と直接ご契約いただきます。当社が紹介料を受け取ることはありません。
この記事の著者 浦松 丈二|四葉不動産株式会社 代表取締役・専任宅地建物取引士。行政書士。元毎日新聞中国総局長(記者歴34年)。中国総局長として中国や台湾、タイに駐在しました。社会保険労務士試験合格(2026年9月開業予定)。
